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act.8月虹ワルツ<171>

「お皿買うの?」 同じ柄のカップも見つけて手を伸ばしていると、いつのまにか隣に葵がやってきた。 「葵ちゃんが好きそうな色だなって思って」 「本当だ、晴れた空の色だね」 西名家にある葵の部屋の壁紙と同じ。そして今日ここに来る前に立ち寄った店でも澄んだブルーのキャップを選んでいた。葵のコンプレックスを隠すためのアイテムだと思うと複雑な気持ちになるものの、爽やかな色合いは葵によく似合っている。 「葵ちゃんのほうは?何かいいもの見つかった?」 遥がそうして話を振ると、葵は相談がしたいと言ってアクセサリーが陳列されたスペースへと導いてくれた。ガラスで出来たキャビネットの中には華やかなデザインのものが多く並んでいたけれど、一角には男性向けらしいサイズの装飾品が飾られていた。 「京ちゃん、喜んでくれるかな?」 葵が手に取ったのは有澄が言っていた通りのバングルだった。やはり贈りたい相手は京介らしい。 「誕生日プレゼントにってことだよな?喜ぶとは思うけど、結構高いんじゃない?」 商品に括り付けられたタグが示すのは高校生にとってはそれなりの金額だ。葵もそこが悩むポイントのようだが、京介が身につけている姿を一度想像してしまったら、他のプレゼントが浮かばなくなってしまったのだという。 「京ちゃんからもブレスレット貰ったことがあるから。失くしちゃったけど……でも何かお返しがしたいなって思ってて」 「なるほどな」 葵がこだわる理由が理解できた気がした。 頑なに誕生日を祝われたがらない葵だが、京介が用意したブレスレットは強引に受け取らされていた。二人にとっては大きな意味を持っていたそれを失くしたことで、一時的にぎくしゃくした空気が流れていたことを思い出す。元通りになったように見えて、あの出来事はまだ葵の中で消化しきれていないようだ。恐らくそれは京介も同じ。 二人の問題は二人で解決するべきだ。だから遥は少し矛先を変えて葵の悩みに答えることにした。 「こんなに素敵な物貰ったら、京介は今年の葵ちゃんの誕生日に何をあげようか悩むと思うけど、そこまで考えてる?」 予想外の返答だったのだろう。葵は戸惑ったように丸い目を泳がせる。 「……何もいらないよ?」 「そういうわけにはいかないだろ」 自分の誕生日と結びつけられるなんて全く思っていなかったのだろう。葵は手の平に置いたバングルを見下ろして固まってしまった。 「あげたら、京ちゃんを困らせちゃうってこと?」 「そうとは限らないよ。葵ちゃんが“おめでとう”を受け入れられるか次第じゃない?」 京介の誕生日を祝いたいという気持ち自体を否定したいわけではない。ただ葵にはそろそろ理解してほしい。遥たちだって、同じように葵を祝ってやりたいと思っているということを。拒絶され続けているのは悲しくて堪らない。 でも葵が選んだのは商品を棚に戻すことだった。宮岡の手を借りて過去に向き合えるようになってきた今の葵ならと考えて踏み込んでみたのだが、まだ少し早かったようだ。

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