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act.8月虹ワルツ<174>

まるで存在に気が付いてほしいと言わんばかりの雑な張り込みと追跡。穂高が接触してくることを待っているのだろう。彼の連絡先は昨夜宮岡から伝え聞いたが、まだ何のアクションも取っていなかった。だからこうしてアピールしてくるようだ。 藤沢家の権力を持ってすれば、週刊誌の記者一人捩じ伏せるのはそう難しい話ではない。だがその手筈が整うまではまともに相手をするつもりはなかった。 穂高は今日の目的地として思い浮かべた場所に向かう前に、一度オフィスに立ち寄ることに決めた。休日でもきちんと警備員が配置された駐車場に滑り込むと、追跡車は速度を落としながらも背後を通り過ぎていった。今後も馨周辺を探り続けることを考えて、本社の警備員に警戒されるリスクは負いたくなかったのだろう。 穂高は車が少し先の角を曲がったのを確認すると、己の車をバックして元来た道に引き返す。場内に誘導しようとした顔見知りの警備員は穂高の不可解な行動に不思議そうな表情を浮かべたが、見送るために会釈を一つ送ってきた。 あの記者がぐるりと一周回って戻ってくる前に立ち去ってしまおう。単純な手ではあるが、これ以上手を掛けるつもりはない。これであの記者は駐車場に入ったはずの穂高が出てくるのを延々と待ち続けるだろう。 穂高は改めて今日の目的地として思い浮かべた場所へとハンドルを切った。 都心から車で一時間程度走った先にある公園の駐車場は生憎の天気にも関わらず、それなりに埋まっていた。広大な敷地内には雨でも楽しめる屋根付きのバーベキュー場や、植物園があるからだろう。家族連れや学生グループらしき団体を遠目に見やりながら、穂高は公園から外れた方向へと足を進める。 葵が五歳を迎えた日に初めて二人だけで遠出した思い出の地。アメリカに旅立った後も、帰国する機会を得れば隙を見て顔を出していた。ここに来ればあの日の幸せな思い出を鮮明に反芻出来るからだ。 だが穂高の期待を裏切るように建物の外門は閉ざされていた。客足がまばらなことは知っていたが、日曜は必ず営業していたはず。不思議に思って周囲を見渡すと、門柱に一枚の紙が貼られていることに気が付いた。 雨に濡れて文字が滲んでいるが、そこには“閉館のお知らせ”というタイトルと、ここを愛してくれた客への感謝が綴られていた。 「……そんな、どうして」 ここの館長は穂高と葵の関係を知っている。ここがいつか再会の場になればいいとも言ってくれていた。どれほど経営が苦しくても必ずその日までこのプラネタリウムを守り続ける、と。それが穂高に一言も無しに閉館を決めるなんてにわかには信じられなかった。 祈るような気持ちで裏手にまわった穂高は、開け放たれたままの通用口の門扉から建物への小道を足早に進む。妙な胸騒ぎがしてならない。

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