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act.8月虹ワルツ<177>

「こいつら、前にうちにおった奴らやねん。悪さして親父から追い出されても懲りずにこういうことしとったから、元々お仕置きするつもりでおってな。正直爺さんのことはおまけみたいなもんや」 幸樹は二人が訝しんでいることを悟って、そんな説明を付け加えた。ケジメを付けさせるついでにという話は、単に館長のために動いたと言われるよりは納得感がある。でもやはり幸樹にメリットのある話には思えない。 穂高や葵にとってここは思い出の詰まった大切な場所ではあるが、設備も古いし、手入れが行き届いていないのは目に見えてわかる。流行らないのも無理はないと思わせるほど。このままでは借りた金を返すアテはない。 「もちろん、金貸した分の経営指導はさせてもらうで」 「経営指導ですか?」 「客集めたるから、チャキチャキ働けよ爺さん。死ぬ気やったらなんだって出来るやろ」 やはり彼は言葉のチョイスが荒っぽい。けれどその口調のおかげで、さっきまでここで館長が死を選ぼうとしたなんて空気はすっかり払拭されてしまっている。館長も呆気には取られているが、悲壮感は窺えない。 幸樹はそんな館長の様子を見て、考える時間を与えると言って今すぐサインを強いることはなかった。その代わり彼は二つのことを求めた。一つは明日から通常通り営業を行うこと。そしてもう一つは彼の来訪を葵に話さないこと。 「藤沢ちゃんと奈央ちゃんに今度連れてきてもらう約束してんねん。そん時は初見ぽい反応するから。爺さんもちゃんと“初めまして”っちゅー顔せぇよ」 このなんとも言えない呑気な要求で館長の警戒心は大分解けたらしい。だが緊張がほぐれると、今度は死を目前にした恐怖が今になって襲ってきたのか、膝の上に置いた皺だらけの手が震え出す。 「館長さん。私からも一つだけ、お願いがあります」 今ここで話せば追い詰めてしまうことになるかもしれない。それでも言わずにはいられなかった。 「お坊ちゃまの母親が亡くなっていることは以前お話しましたよね」 このプラネタリウムにはエレナに連れてきてもらったと葵は勘違いしていた。当然館長は事実を知っていたが、母を恋しがるゆえに生み出した幻想だと話してその勘違いに付き合ってもらっていたのだ。 無言で先を促す館長に、穂高は言葉を続ける。 「お坊ちゃまの目の前で、あんな風に命を絶ったんです」 穂高が視線を投げたのは少し前までロープが掛かっていた扉。エレナの身体が吊られていたのはシャンデリアだったけれど、さして違いはない。大事なのは同じ手法をとろうとしたこと。 「……そうか、そうか」 館長は穂高が何を伝えたかったのかをそれだけで十分に理解してくれたようだ。葵が書き残したというノートを胸に抱えて静かに涙を溢し始めた。 「ほな爺さん、これで美味いもん食いな。アンタが無駄に返した利息分やから遠慮せんと、な」 こんな場面でもやはり幸樹の声は底抜けに明るい。さっき書類を取り出したのとは逆のポケットから放り投げたのは札束だった。 「とりあえず家探して、生活立て直すには十分やろ。家借りるのに保証人おらんかったら、そこの兄さんになってもらえばええし、な?」 「家って……もしかしてここに住んでるんですか?」 幸樹の言葉で改めて周りを見渡すと、以前訪れた時にはなかった生活用品が散見される。布団まであるのだから、家を失ったのは事実のようだ。そこまで切羽詰った状況だったのならと、館長がとった行動に多少は理解が示せそうだった。

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