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act.8月虹ワルツ<184>

* * * * * * “今どこ?” 友人から送られてきた、前置きなど一切ないメッセージ。居場所を尋ねるのはいつも奈央の役割だったのに、珍しいことがあるものだ。実家を出て一番に確認した携帯の通知欄を見て、奈央は強張っていた表情を緩めた。 父親からの呼び出しは先日の加南子とのことだと思っていた。だが不思議なことにあの件は両親の耳には入っていないらしい。試験の出来栄えを確認されるだけで終わり、拍子抜けさせられたというのが率直な感想だった。 あれだけしつこかった加南子からの連絡も、あの夜を境にぱったりと途絶えている。諦めてくれたのかもしれないと期待する気持ちが芽生えるが、同時にそう簡単に済む話ではないと冷静な自分がその可能性を潰しにかかる。 玄関先で待ち構えていた運転手は奈央を学園まで送ろうとするが、それを断り、近くにあるターミナル駅を目的地に指定した。 コーヒーショップのカウンター席でぼんやりと行き交う人々を眺めているだけで、時間は過ぎていく。グラスの氷がすっかり溶けた頃、ガラス越しに待ち合わせ相手の姿が現れた。 「そんなに急がなくて良かったのに」 わずかに息を切らせた相手にそう声を掛けながら、そういえば以前もこんな風に彼の行動を諌めたことがあったのを思い出す。 「いや、すまん、思ったより道が混んでて」 「いいよ。どうせ寮に帰るだけだったし」 急な呼び出しや、こうして待たされたことを迷惑だとは思わない。むしろ実家に帰った時いつも襲われる鬱屈とした感情を振り払える機会を得られて、感謝すらしている。 線路に沿うように広がった緑地公園は日が沈んでもそれなりに人通りが多い。ベンチに座って肩や腕を組んで寄り添うカップルの姿に、ここは彼らにとってロマンチックな場所なのだと理解は出来る。だが奈央からすれば鬱蒼と茂る樹木も、それを青白く照らすライトも、どこか薄気味悪く思えてしまう。 葵が捕らわれていた倉庫周辺の景色とリンクするからかもしれない。 「何か飲む?」 通りに設置された自販機に歩み寄った幸樹が自分のコーヒーを買うと、こちらを振り返ってくる。 「じゃあ、ジンジャエールで」 「炭酸好きやったっけ?」 「コーヒーはさっき飲んだから」 待たされたことを揶揄するつもりで言ったわけではないのに、そう聞こえてしまったのだろう。幸樹はまた“すまん”と笑って指示されたボタンを押した。 並んでベンチに座ると、幸樹はポケットからチケットのようなものを取り出した。

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