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act.8月虹ワルツ<185>

「これ……行ってきたの?」 “招待券”と書かれたそれには星空のイラストがプリントされている。記された施設の名前にも覚えがあった。 「ちゃんと金出して買ったで?ほら、三人分」 そう言いながら残り二枚のチケットも広げたままの奈央の手の平に乗せてくる。多くを語らなくても、彼がきちんと約束を果たしてくれたのだと分かる。 具体的に彼が何をしたのかを聞くのは野暮なのだろう。彼もそれを望まないからこうして茶化すように報告をしてくるのだと思う。 「ありがとう、幸ちゃん」 彼の意に沿うように礼を口にするだけに留めれば、明るい笑顔が返ってくる。 「いつ行こっか。次の週末は奈央ちゃん空いてる?」 幸樹は口先だけでなく、三人で出掛けることを本当に楽しみにしてくれていたようだ。神出鬼没で、捕まえるのにも一苦労させられるような男だった幸樹が休日の予定を聞いてくるほど変貌するなんて。 「時間次第では行ける。でも、葵くんは遥さんと過ごしたいんじゃないかな?」 「あー、そっか。相良さんていつ帰るん?」 「まだ決めてないみたいだけど、さすがに一週間以上は居ると思うよ」 誘えば喜んで来てくれるような気はするけれど、葵がどれだけ遥を恋しがっていたかは奈央も、そして幸樹もよく理解している。残念そうな顔をしながらも、幸樹はあっさりと引き下がってみせた。 「ほな、月島の演奏会も行かへんのかな?」 「そういえば今度の日曜だったね。どうだろう?葵くんのこと誘ったとは聞いてないけど」 ここ最近、櫻とは教室で会うぐらいしか接触していない。食事を運んでやっている葵のほうがよほどコミュニケーションをとっているはずだ。 毎回演奏会前にはとてつもなくピリついた空気を出す櫻が、今回は血色もそれなりに良いし、穏やかな表情を保てている。間違いなく葵の影響だ。葵を招く流れになっていてもおかしくはないと感じる。 「ちゅーか、奈央ちゃんは?」 「あぁ、断っちゃった。顔出せなくはないんだけど、時間的に櫻の演奏見れるか分からなかったし」 以前書道を習っていた師範の展示会がちょうどその日に被ってしまっていた。櫻に誘われるよりも前に声を掛けられたため、奈央はそちらを優先したのだが、正直なところそれは建前だった。 パーティーなどで顔を合わせる月島家の面々は常識的に思えるのだけれど、演奏会では皆嫌な空気を纏い出す。歳を重ねるにつれ、それが己のパトロン探しに必死なせいだと理解は出来たが、だからと言って親族同士蹴落とし合う姿は醜い以外の何者でもない。友人である櫻が主に中傷の対象になっているから尚更だ。

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