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act.8月虹ワルツ<187>

「僕たちは西名くんや烏山くんの代わりになれるのかな。葵くんが助けを求められる存在になれてるか、自信がなくて」 「あの二人の代わりになりたいん?そんなん、虚しくない?」 意外そうに問われるが、おかしなことを言った自覚はない。今まで葵を囲っていた存在が抜けた穴を埋めるのが自分の使命だと考えているからだ。 「それに、藤沢ちゃんが引越す意味がなくなると思うけど」 「……どういう意味?」 「さぁ?」 幸樹ははぐらかすけれど、確信のようなものを抱いているのは明らかだった。奈央には無理だと否定されるほうがよほどすっきりしたかもしれない。 「奈央ちゃんはおんの?助けてって言える相手」 「幸ちゃんに助けてもらったばっかりで聞く?」 相談相手として真っ先に幸樹を思い浮かべたのは、プラネタリウムに三人で行きたいと葵が言っていたから。第三者の視点で奈央がやるべきことのアドバイスを貰えれば。そのぐらいの気持ちだったから、本当に解決まで面倒を見てもらえるとは思いもしなかった。 散々はぐらかされ続けたせいで憎まれ口を叩くような調子になってしまったが、彼には心から感謝している。でも幸樹は納得がいかないらしい。 「それは藤沢ちゃんのためやん。奈央ちゃん自身の問題は?」 「別に問題なんてないよ」 実家のことが頭を過ぎるが、口にすることはない。奈央の態度に肩を竦めて笑う呆れ顔は、忍にも櫻にもよくされるものだった。 「じゃあ、幸ちゃんは?」 負けじと幸樹に言い返してみると、反撃されるとは思っていなかったのか、彼は面食らったような表情になった。でもすぐにいつもの飄々とした顔つきに戻る。 「藤沢ちゃんと早よエッチしたいとか、そういう悩みでええの?手助けしてくれる?」 「なっ……違う、真面目な話」 「んー大真面目なんやけど。それ以外なら、なーんもないわ」 幸樹はまたヘラヘラと笑って、背を向けてしまう。このあとどこか寄る予定があるらしい。気を付けてと背中越しに手を振る仕草は友好的なのに、感じるのは強い拒絶だった。大きな手の甲に新しい傷が浮かんでいるのも見つけてしまう。 欲望に忠実に生きているようで、彼はきっと色々なものを犠牲にしている。彼の部屋を見ても分かる通り、彼はある意味何ものにも囚われず、執着しない生き方を選んでいた。それは生徒会に所属しても同じ。 元々つるんでいた京介だけでなく、奈央ともそれなりに親しくはしてくれたが、いざとなれば全てを躊躇いなく捨ててしまえそうな雰囲気を纏っていた。 でも彼は葵を好きだと自覚してから、明確に変わったように感じる。葵の過ごす環境ごと守る覚悟を決めたのだと思う。幸樹だけが傷を負ってばかりの状況を葵は絶対に喜ばないだろうけれど、それを本人に伝えられそうもない。 自分も葵を好きだと認めてしまえば、何かが変わるのだろうか。思いついたまま自問自答してみて、それが随分矛盾した言葉だと気が付く。 ────もう認めてるようなものなのに。 携帯の裏面に貼られた星型のシールをなぞりながら、奈央は込み上げてくる苦しさを溜め息として吐き出した。

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