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act.8月虹ワルツ<188>

* * * * * * 日曜の繁華街は客の引きが早い。だからだろうか。通りを歩くとキャッチの男性に熱心に声を掛けられる。予定があるとやんわり断っても、ナンバーワンだという女性の写真を見せ、品のない言葉を並べて懸命に幸樹の気を引こうとしてくる。 高校生だと言ったらさすがに諦めるだろうか。いや、冗談だと笑ってより一層しがみついてきそうな気がする。このままでは目的地に着いてしまう。どうしたものかと悩んでいると、思わぬ救世主が現れた。 「バカ、お前誰に声掛けてんだよ」 「え、誰って……」 「すみません、こいつ新人なもんで」 幸樹の素性を知っている様子の黒服が慌ててキャッチの頭を下げさせ、そそくさと逃げていく。 一般人として声を掛けられたぐらいで暴れ回るとでも思っているようだ。彼はただ自分の仕事をしただけだろうに。まるで怪物のような扱いを受けるほうが余程不愉快だが、物心ついた時からそうだった。今更感情を揺さぶられることはない。 “Darts Bar / casbah” 夜に映えるように誂えた外装の店が立ち並ぶなかで、逆に目を引くほど控えめな看板。黒字にシルバーの文字で書かれた名前を確認し、地下への階段を下る。 「いらっしゃい」 店への扉を開くと、チリンと鈴の鳴る音が響く。それを合図にカウンターから声が掛かるが、こちらに向けられた営業スマイルが来客者の正体を知ると一瞬曇る。やましいことがある証拠だ。 「日曜のこの時間っていつもこんなもん?」 ぐるりと見渡した店内にはオーナーである祐生以外の気配はない。ダーツバー単体として繁盛していないことは知っているが、さすがに寂しすぎる客入りだ。 「逆に深い時間のほうが客足は伸びるかな。一件目で来るような店じゃないし、終電逃した連中とか、アフターとしてね」 「あぁ、なるほどな」 祐生の説明は納得のいくものだった。幸樹は軽く相槌を打ちながら、カウンターに並ぶハイチェアーの一つに腰を下ろした。 「何か飲む?」 「今日バイク」 そう伝えると、祐生は“了解”と返して棚に並んだトールグラスを手に取った。幸樹はアルコールでなければ何でも構わないというつもりで言ったのに、わざわざノンアルコールのカクテルを作る気にさせてしまったようだ。 しばらくして差し出されたグラスには鮮やかな黄色の液体が注がれている。 「何これ?」 「オレンジトニック。さっぱりした飲み口だから、幸樹くんでもきっと大丈夫だよ」 以前甘ったるいカクテルが苦手だと話したからだろう。気を遣った素振りを見せられても、正直コーヒーやお茶で良かったと思ってしまう。でも喉を潤しにこの場を訪れたわけではない。オレンジジュースを炭酸水で割ったものを一口含んだ幸樹は、本題に入るために祐生に向き直る。

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