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act.8月虹ワルツ<189>

「別に俺が紹介したっちゅーても、京介がバイト辞めようが何しようが構へんのよ」 「俺は京介に辞められると困っちゃうんだけど」 それなら京介を怒らせるようなことをしなければ良かったのにと、幸樹は呆れた表情を隠しもせずに彼を見やった。 彼のことはそれなりに信頼している。幸樹の倍近くの人生経験があるだけあって、彼から学ぶことも多い。けれど少年のように好奇心が旺盛なところが欠点だ。 「うちに一年も勤めてるのに自分のこと全然話してくれないんだよ?美女に言い寄られてもなびく気配もない。そんな京介が嬉しそうな顔して携帯見てたら気になるでしょ」 「興味持ったきっかけ、それだけちゃうやろ」 祐生の言い分の全てが嘘とは言わないが、ただそれだけならきっと京介はここまで怒らない。それに覗き見たメッセージの内容にあった待ち合わせ場所まで足を運ぶほど祐生を掻き立てるとも思えない。 白状しろと睨みつければ、祐生は軽く両手を上げて降伏の意思表示をした。 「あの先生が“葵くん”って呼び続けてたからさ」 京介のやりとりの相手が“葵”という名前だと知って、一ノ瀬が呼び続ける存在と同一人物か確かめたくなったのだと祐生は続けた。 両思いだという妄想に囚われている一ノ瀬は、あの夜から葵を呼び続けている。祐生が管理する場所を借りて運び入れる際、その姿を見て覚えていたのだろう。 「可愛い子って得もするけど、苦労もするよね。あの顔と体格じゃ、これからも大変そうだね。まだ何にも知らなそうに見えたけど」 葵の容姿を揶揄したいというよりも、それが本当に葵と対面して抱いた感想なのだろう。 「いっそあれを武器にするぐらいの逞しさがあれば、いくらでも稼げそうなのに。ああいう子が好みな連中多い割に、供給が間に合ってないからさ」 この街には己の容姿を活かして生き抜こうとする者が性別問わず多く集まってくる。若かりし頃の祐生自身もそうだったと聞いたことがある。 だから葵にその必要があればいくらでも仕事を紹介してやる。そんな的外れな親切心で言っている気がする。悪気がないというのは、意図的なものよりも時に厄介だ。 「んなことゆーたら、ほんまに京介ブチ切れんで」 「どうして?褒めてるのに」 祐生基準の褒め言葉は、世間一般とはずれているのだと自覚してほしい。だが、この街にどっぷりと浸かった祐生を変えるのは無謀だろう。だから幸樹は別の角度から彼に釘を刺すことに決めた。

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