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act.8月虹ワルツ<195>

「どうせお風呂入るんやし、ちょっとだけぬるぬるで遊ぶ?このあいだみたいにゴムに付いたやつやなくて、ちゃんとしたのあるよ」 「んーっ、あそばないッ」 幸樹には以前あれを気持ちいいことをする時に使うものだと説明された。でもその行為に及ぶ理由が分からない。好きだからとか、仲良しの行為とか、そんな風に諭されたけれど、身を任せていいのか分からなかった。与えられる感覚が“気持ちいい”で合っているのかも。 「ほら、万歳してごらん」 ようやく幸樹の指が胸から離れるが、今度は小さい子供を相手にするように幸樹がシャツの裾に伸ばされる。視線を落とすと鳩尾のあたりまで剥き出しにされていくのが分かった。でも同時に、周囲の肌にうっすらと浮かぶ痕が視界に入る。 「やだ!やめて、お願いっ」 彼の手を掴んで強く懇願すると、ようやく動きが止まる。 「脱ぐの嫌?こわい?」 問われて咄嗟に否定が出来なかった。幸樹の入浴を拒んだのは京介や都古への気遣いだけではない。この体を晒すのが怖かったのだ。 一ノ瀬につけられた内出血の痕は大分薄れたけれど、完全になくなったわけではない。拘束されたことを示す傷跡もそうだ。長袖のシャツで手首を、靴下で足首を覆って隠している。 事情を知っている相手ならともかく、何も知らない幸樹がこれを見たらきっと驚いてしまう。だから絶対に避けなくてはと、そう思った。 けれど、葵の顔を覗き込んできた幸樹の表情で一つの可能性が浮かんでしまう。幸樹は本当にあの夜起こった出来事を知らないのか。彼だけでなく、葵が直前まで共に過ごしていた生徒会のメンバーは皆、あの日のことをどう捉えているのだろう。 表向きは捻挫をしてしまい、それによる発熱で休んだことになっている。卒業した冬耶だけで一ノ瀬の問題を片付けられるのかも葵には分からない。何事もなかったかのように接してもらえたことに甘えていたけれど、どこかで不安を抱えてもいた。 「怪我、してるんです。その……結構、たくさん」 「見られたくない?別になんも思わんよ?」 そう言って頬を撫でてくれる幸樹の大きな手にも、最近付いたような痣が浮かんでいる。だから傷跡なんて気にしないという言葉には説得力があった。それにきっと葵が嫌だと示せば、その理由までは無理に踏み込まないでくれるとは思う。 でも恐怖を感じるものを心の奥に押し込めてやり過ごすことから卒業したかった。そのために宮岡の手を借りているのだから。 「上野先輩はあの日……」 「ん?なに?」 途中で言葉を紡げなくなった葵に、幸樹は穏やかな声音で先を促してくれる。葵は深く呼吸を繰り返して頭に浮かんだ言葉を口にしようとするが、やはりスムーズには出てこない。 「もしかして……知って、ますか?」 墓穴を掘ることを思うと、何を、だなんて表現出来なかった。しばらくうっすらと聴こえるピアノの音色だけが部屋を満たす。

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