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act.8月虹ワルツ<198>
「あの王子サマ潔癖そうだし、そもそもセックスの経験もなさそ。でも良かったジャン。大好きな奈央サマのハジメテを奪えるんだから」
瞬時に未里の目の色が変わるのが分かる。
どう足掻いても奈央が思いを寄せるのは葵。その事実を認めようとはしないが、彼のプライドはぐちゃぐちゃに潰されているはずだ。だから一ノ瀬をけしかけるなんて馬鹿げた行動も起こしてしまった。
「……どうして」
「ナニが?」
震える声で呟かれた疑問。その対象が分からずに尋ねると、奈央を巻き込もうとする理由が知りたいと返ってきた。答えなど単純だ。
「未里チャン抱いた後、あの目がどうなるか気になって」
「奈央様の、目?」
「綺麗なもんしか知らなそうな目。してるデショ?」
穏やかそうな見た目に反して、若葉相手にも怯むことなく立ち向かってくる奈央のことだ。軽蔑していた相手に穢され、あの目が濁ってしまう瞬間が見てみたい。
未里は若葉の期待するものが分からないと言いたげに見つめ返してくるが、理解など求めていない。彼はただ若葉の思う通りに動いて退屈しのぎの手伝いをしてくれればいいだけ。
未里を置いて自室を出た若葉は、そのまま徹の待つ駐車場に向かう。どうやら予想よりも早く望まぬ客が姿を現したらしい。徹からのメッセージを確認した若葉は、未里と長く遊びすぎたことをほんの少し悔やむ。
けれど、おざなりに刺激を与え続けられた体が新たな興奮を予期してぞくりと震え上がりもする。
ミニバンの傍には徹だけでなく、彼と並ぶほどの長身の影が二つ、若葉の帰りを待っていた。近くにはあの夜見た赤いスポーツカーも停まっている。
夜間校門を通過する際や、自室に入る際に使うカードキー。その利用履歴からある程度行動を把握されていることは覚悟していた。わざわざ室内に連絡先を残してくるほどに若葉と接触したがっていたのだから、こうして駆けつけてくるだろうことも想定内。
若葉としては捕まる前に逃げるつもりではいたのだけれど。
「若、お友達がお待ちですよ」
若葉が近づく気配を一番に察した徹はこの場の空気をちっとも読まない台詞を吐いて微笑んでくる。だが眼鏡の奥の目は笑っていない。大方、これから始まる面倒なやりとりを予期して嫌味の一つでも言いたくなったのだろう。
「いつからお友達になったの?」
訪問者は二人とも若葉の問いには答えず、ただ無言でこちらを睨みつけてきた。
「そうやって並んでると、いいコンビに見えるネ」
月明かりに照らされた金髪と銀髪。対の存在としてはこれ以上ないほどいい組み合わせに見える。若葉が茶化すように笑うと、銀髪の男、冬耶が手にしていたビニール袋を放り投げてきた。
「ナニ?プレゼント?」
「借りたものは確かに返した」
わざわざ確認せずともその袋の中身があの夜葵に貸したパーカーであろうことは分かる。だが冬耶に返させたかったわけではない。それに、地面に落ちたものを拾う気もなれなかった。
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