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act.8月虹ワルツ<200>

走り出した車中で思い出すのは、一昨日一瞬だけ視線が絡んだ葵のこと。ベランダから若葉を見下ろした葵は驚いた顔をしていたものの、なぜか怯えた色は窺えなかった。 一緒にいた生徒に手を引かれて部屋に引っ込んでしまったが、若葉のことを気にするように振り返る様子も見えた。少なくとも目の前で連れを蹴り飛ばし、ネクタイで首を締め上げた相手に見せる顔ではない。 初めて接触した時といい、葵はこちらの予期しない反応を見せる。それが若葉を強く惹きつける。 「葵チャンにもまた会いに行かないとネ」 今夜を境に冬耶だけではなく、葵の周囲の人間がより躍起になって守ろうとするに違いない。でもそのほうが面白い。簡単に手が届いてしまう獲物には魅力を感じない。 奈央や未里で遊ぶ算段を立てるのもいいが、やはり早く葵と遊びたくなる。またあの夜のように蕩けた表情で縋らせてみたい。 「私にも忘れずにお声掛けください」 どうやら聞かせるつもりのなかった呟きは、徹の耳に入ってしまったようだ。 「そんなに溜まってんなら未里チャンあげるよ。俺のお下がりだけど」 「お断りします。クソビッチには興味ないので」 葵の代わりを差し出すと、あっさり断られてしまった。真面目な顔で未里をこき下ろす徹に思わず笑わされるが、ふと違和感に気が付く。 「葵チャンもビッチのはずなんだけどネ。なんだろ。あいつ、やっぱガキくさいんだよなぁ」 未里は自分のことを棚に上げて葵を蔑んでいた。常に男を侍らせている娼婦のような葵が奈央にまで近付いているのが許せないのだと。 彼の言葉を鵜呑みにしていたわけではないが、葵を囲んでいる者の中には忍や幸樹といった遊び人が紛れこんでいる。当然葵は食われているのだと思っていた。 でも薬で浮かされていた時はともかく、普段の葵からは色気らしきものは感じられない。だから若葉の食指が動かなかったのだ。未里のように抱かれることに慣れた者が醸し出す独特の空気が葵にはない。 “セックスのセの字も知らんお子様” いつだったか、幸樹が口にしていた言葉が浮かぶ。あの時はただ若葉の気を削ぐ目的だと思い冗談だと受け流したが、もしかしたら本当なのかもしれない。冬耶の過保護な様子を考えてもそのほうが自然な気さえしてしまう。 「葵チャン、バージンの可能性あるかもネ。どーする?」 「どうって、最高じゃないですか」 にこりと笑いもせずに言い返してくる徹は相変わらず面白い男だ。 「というか若、先日お会いになった時は結局ヤらなかったってことなんですね」 「ん?ヤッたなんて言ってないけど?」 ナイショ、とはぐらかしただけだ。徹が勝手に勘違いしたほうが悪い。バックミラーに映る顔がムッとするのが見えて、若葉は口元を緩めた。

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