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act.8月虹ワルツ<203>

食堂の入り口に立つ聖や爽の姿を見れば、自然と背筋が伸びる。二人には少しでも頼りになる先輩らしい顔をしたい。今日発表される試験結果が不安なのか、二人ともがどこか憂鬱そうな顔をしているから尚更だ。 「いつも通りならホームルームで各教科の得点と総合順位が書かれた紙が配られるはずだよ」 「うわぁ、それじゃ一日生殺し状態なんですね」 どんな形で試験結果が知らされるのかを問われ、葵はこの学園の慣習を教えてやる。 公に全員の成績が張り出されることはないが、成績優秀者は担任が勝手に発表してしまうし、友人同士で見せ合った情報は簡単に流出する。だから学年で誰が一番をとったとか、そういう話は同級生ならばある程度把握出来てしまう。 大袈裟なぐらい項垂れて唇を尖らす聖よりも、無言で顔をしかめた爽の反応が気に掛かる。 「爽くん?きっと納得のいく結果だよ。沢山頑張ってたんだもん」 試験のたびに冬耶や遥に与えられ、葵を救ってくれた言葉をそのまま彼に送る。でも爽は思ったより元気になってはくれなかった。“だといいっすけど”なんて力なく笑う姿で、彼が今回の試験にどれだけ本気で挑んでいたかが伝わってくる。 葵が励まされたからといって、安易に気休めのような言葉を掛けるべきではなかったのかもしれない。彼の懸念通り思うような結果じゃなかった時のことを考えもしない軽はずみな発言だった。 「なんだ、励ます必要はなさそうだな」 爽の横顔を見つめながらどう取り繕おうか悩んでいると、斜め前に座っていた忍がそう声を掛けてきた。 「お前のことだからきっと自信のないまま一日過ごすと心配してたんだが」 「あ、いえ、その……」 爽に掛けた言葉と葵自身のこととは別問題だと言いかけたが、聖や爽が同席していることを考えると口を噤むしかなくなる。 いつも通りの成績を維持出来たか、正直なところ自信はない。正確に言えば、どの試験でも手応えを感じながら結果発表を迎えたことは一度もなかった。毎回不安を抱えながら通知を受け取っている。一人で見るのが怖くて、先に京介に見てもらったこともあるぐらいだ。 「僕があれだけ面倒見てあげたんだから、堂々としてればいいんだよ」 「そういう恩着せがましい言い方はどうかと思うけど」 小さなサンドイッチを摘むだけで誰よりも先に朝食を終えた櫻が紅茶の入ったカップを傾けながら、彼なりの後押しをしてくれる。それを奈央は苦笑いで嗜める。彼らのいつもの応酬が懐かしく感じる。 櫻がこうした場に顔を出してくれたのは一週間ぶりだ。試験勉強を見てくれたこともそうだが、引越したばかりの葵を気遣ってくれたのだと思う。櫻自身が大変な状況に置かれているにも関わらず、そんな気配を微塵も見せないところに彼の強さを思い知らされる。 冬耶や遥相手には二つも年が離れているからなんて言い訳が立ったが、一つ違いの彼らも葵にとっては十分に大人で、憧れの対象だ。 彼らが卒業したあと本当に生徒会の最上級生として振る舞えるのだろうか。役員になりたいと明言してくれている聖や爽の存在がなければ、逃げ出したくなるほどの重責に襲われることがある。

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