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act.8月虹ワルツ<204>
「「ねぇ葵先輩」」
似通った二つの声に呼びかけられ、葵は後輩のほうへと視線を戻す。彼らはいつのまにか気を取り直したらしい。
「もしも今回役員の基準満たす成績に届かなくても」
「期末で絶対に叶えますから」
そんな宣言をしてみせる彼らの目には強い意志が宿っている。
冬耶や遥と共に過ごしたい、彼らの役に立ちたいと考えて葵が役員の道を選んだように、彼らも葵に対して同じ気持ちを抱いてくれているのだ。冬耶たちが卒業した時には自分にこんな未来が待っているなんて思いもしなかった。
「ネガティブな“もしも”なんて口にするな。言葉の影響力は案外侮れないぞ」
いつでも堂々としている忍らしい。たしなめられた聖と爽がムキになって反論し、テーブルが一気に騒がしくなる。でもそこにギスギスした空気はない。そうした言い合いを楽しんでいるように見えた。
賑やかな朝食を終えて教室まで辿り着くと、そこでお別れになる京介がいつものように生徒会活動の有無を尋ねてきた。
明日から始まるオリエンや、来月に控えた体育祭の準備でこれから忙しくなる。当然今日の放課後も活動の予定はあった。そう答えれば、京介は終わる頃に連絡してこいと告げてくる。
一度頷きかけたものの、今日から同じ部屋に帰るわけじゃない。だから京介にはもう葵を待たなくてもいいと伝えた。
「別に今までだって同室だから待ってたわけじゃない。それにこうやって時間作んなきゃ、いつ会うんだよ」
「そっか、ごはんの時ぐらいしか会えなくなっちゃうんだ」
「寝る時までこっちいりゃいいじゃん。それならルール違反じゃないんだろ?」
規律を気にする葵に歯痒さを感じているような口ぶりだった。頬をキュッと摘んで満足した様子の京介は背を向けて自分の教室に向かってしまう。
「……みゃーちゃん?」
背後からするりと回ってきた腕の主は都古。京介の誘いを受ければ、すなわち都古を置いてけぼりにすることになる。同室だった今までは生まれなかった悩み。
「ごめん。迎え、行けないかも」
「それって、京ちゃんがいるから?」
二人きりがいいと甘えてくることはあっても、こんな形で拒絶されることはなかった。やはり二人の仲は葵が想像している以上に壊れてしまっているのかもしれない。
「違う。予定、ある」
「予定?」
帰宅部の都古が今まで葵と離れることがあったとしたら補習や追試の時ぐらいだ。でも試験結果が発表される日からいきなり何かが始まるわけではない。訝しむ葵の視線を受けても、都古はそれ以上説明してくれることはなかった。
幸樹が戻ってきて、聖と爽という新しいメンバーがすっかり馴染んだ生徒会の空気は良くなる一方なのに、まさか葵にとって一番身近な二人のことで悩む日が来るなんて。
嫌なざわめきが心を蝕んでいく。頬に残る京介の指先の温度も、こめかみに落とされた都古からのキスも、葵を癒してくれる薬にはならなかった。
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