1314 / 1636
act.8月虹ワルツ<212>
オリエンテーションの案内があった分、他学年よりもホームルームが長引いてしまった。急ぎ足で向かった生徒会室には予想通り聖たち以外の姿が揃っていた。
「遅い」
今はまだボランティアの域を超えず、年齢も下の後輩の到着が最も遅いなんてことは確かにあってはならない。優雅に足を組む櫻は開口一番に叱ってくる。聖たちを仲間として認識しているのだと実感出来て、そんな叱責さえ嬉しく感じてしまう。
人数分のコーヒーや紅茶を準備している葵を手伝うために爽が駆け出し、聖は棚から前回までの議事録や資料を机に並べる。参加し始めて日は浅いが、少しずつ役割のようなものが出来てきたことも聖を喜ばせる。
中央のテーブルには葵や爽の手によって全員のカップが並べられた。聖たちのカップは誕生日に先輩たちが贈ってくれたもの。
この雰囲気なら言い出せるかもしれない。会議が始まる前に役員になりたいと正式に切り出してみようか。会長席に座る忍の様子を見ながら聖が覚悟を決めた時だった。
「聖」
薄いレースのカーテンを捲って外の様子を眺めていた忍が、不意に名前を呼んできた。一年とか双子とか、あるいは絹川とか。そんな風に呼ばれていた記憶はあるが、単体で名を呼ばれたことがあっただろうか。
疑問に思いながら素直に彼の居る窓際に向かう。
「あれはお前が連れて来た友人か?」
忍の視線の先を追うと、特別棟の入り口の前をウロウロとする生徒の姿が見えた。ネクタイの色からして同級生のようだ。
野球部の活動に熱心な小太郎よりもさらに日に焼けた顔には見覚えがあるが、名前は分からない。アッシュベージュに染められた髪型がどこかチャラついた印象を与える。髪の隙間から覗く耳元で光るピアスもそれを後押しした。
「さぁ、名前も知りませんけど」
「本当に同級生に関心がないんだな。百井波琉。お前たちの隣のクラスの生徒だ」
小太郎が“モモちゃん”なんて愛称で呼ぶ生徒がいることは知っていたが、もしかしたらそれがあの彼のことなのだろうか。でも正直それ以外の情報は一切把握していない。忍のほうが余程よく知っているようだ。
「百井を連れてこい。いつまでもああして彷徨かれたら気が散る」
「追い払うの間違いじゃないんですか?」
「そう邪険にするな。長い付き合いになるかもしれないぞ」
忍が何を言いたいのか全く理解出来ない。でも忍にはこれから役員になりたいと交渉するつもりなのだ。こんなくだらないことで刃向かって気分を損ねるわけにはいかなかった。聖は納得の行かぬまま渋々生徒会室を後にする。
ともだちにシェアしよう!

