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act.8月虹ワルツ<216>

「七、それじゃ烏山に実力見せつけろってけしかけてるようなものだよ。止めようって話じゃなかった?」 「だってさぁ、あいつらムカつくんだもん」 宥められても七瀬の怒りは治まらないのか、恋人相手に甘えた声を出しながらもブスッとした表情を崩さない。都古と違って何事にも大袈裟なぐらい感情表現をする七瀬のことは理解出来ない。 限界だった喉の渇きを癒すために、彼らがくれたドリンクのキャップを外す。冷たい液体が喉を通るだけで痛みまで緩和される感覚がした。 「藤沢は烏山が無理したら悲しむと思うけど、それ考えて行動してる?」 わざわざ指摘されなくたって分かっている。都古が普通に登校することすら葵は不安がってくるのだ。部屋が離れたから余計に心配なのだと思う。こまめに連絡を寄越して都古の様子を確認してくる。 でも、だったらどうしろと言うのだろう。 葵は都古が怪我したことに責任を感じている。自分が悪いと思い込んでいるのだ。もし目の前で痛がってみせれば、それこそ葵が悲しむ。それにこうして平気なフリを貫かなければ、葵の傍に付き添うことが叶わなくなる。 「西名も烏山も。どうして藤沢とちゃんと会話しないんだろうな」 「案外似たもの同士だよねぇ」 京介の名を出されるのも、まして似ているなんて言われるのも癪だった。遠慮せずに眉をひそめると、二人ともが困ったように笑う。 「……アオに、言えば?」 休憩が終わる気配を感じて重たい腰を上げる。都古がリレーの練習に参加をしているとか、具合が悪そうだったとか。言いたければ勝手にすればいい。そう言い残して立ち去ろうとすると、都古のジャージの裾は強く引っ張られる。犯人は七瀬だ。 「だから、そうやって葵ちゃんと話すのサボるなって言ってんの。自分の口で葵ちゃんに思ってること伝えなってば。別に七に相談しろとは言わないからさ、一人で無理するなバカ」 大きな声で捲し立てる七瀬の目には珍しく涙が滲んでいるように見えた。でもどうして七瀬が都古のことでこれほど感情的になるのかがどうしても分からない。それに自分の思いなど葵には十分伝えているつもりだ。 「始業式の日も、尾崎と揉めた時も、あの夜も。烏山が倒れた姿は何度も見てるから。傍観者って立場もそれなりにしんどいんだよ」 補足説明したつもりなのだろうが、綾瀬が言いたいことも都古にとっては難しい。いつも迷惑を掛けられているから怒っているのだろうか。でも都古が助けを求めたわけではない。怒るなら彼らを巻き込みがちな京介に言えばいいのに。 遠くで都古を呼ぶ声がして、今度こそ彼らとお別れしたつもりだった。でも結局二人とも練習が終わるまでグラウンド傍のベンチに座っていた。都古がチームメイトにどやされると、負けじと七瀬が野次まで飛ばしてくる始末。 「烏山、あれ何?うるさいんだけど」 やりづらいのだろう。何度目かの野次の後とうとうリーダーが都古に尋ねてくる。でも都古だって分からない。 「知らない、人」 「いや、いっつも一緒にいるじゃん。お前の友達だろ」 他人のフリはすぐに失敗した。周囲からは彼らと“友達”だと思われているらしい。 友人関係なのは葵とあの二人。自分は関係ない。一緒にいるつもりもなかった。葵と居たらただ彼らも着いてくることが多かった。ただそう思って過ごしてきたのに。

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