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act.8月虹ワルツ<220>

「僕は猫ちゃんより、葵ちゃんを褒めてあげたいけどね」 都古に思いを馳せていると、櫻がわざわざ箸を置いて視線を合わせてくる。二人だけで過ごす時間には随分慣れたはずなのに、長い睫毛に縁取られたブラウンの瞳に見つめられると、妙にそわそわしてしまう。 「ご褒美、何が欲しい?」 頬に手が添えられる。都古にご褒美をねだられる側の葵は、いつも彼が求めてくるものを連想してしまう。 「あ、いえ、試験頑張れたのは櫻先輩のおかげなので。それに、褒めてもらえるような順位じゃなかったですし」 近付いてくる美しい顔と距離を保つように身を引きながら、葵は慌てて言い訳を並べ立てる。 実際ご褒美を貰うどころか、忙しい中面倒を見てもらったお礼をしなければいけないぐらいだ。順位だって一桁台はギリギリ死守出来たが、いつもよりは下がってしまった。 「8位だっけ?十分だと思うけど」 「でも櫻先輩のほうがすごいですし」 理系の教科だけが得意で文系教科は不得手な幸樹はともかく、他の先輩たちは今回もトップを独占したと聞いた。寝る間も惜しんでピアノの練習をしている櫻がどうして成績を維持出来ているのか不思議でならない。 冬耶のような天才肌タイプなのだろうか。 「学年が違うのに順位比べる意味ある?それに仮に僕のほうがすごかったとして、葵ちゃんにご褒美あげちゃダメなわけ?」 「いえ、ごめんなさい。そうじゃなくて」 葵がのんびりと櫻への尊敬を深めているうちに、櫻の機嫌が急降下してしまったようだ。柳眉がひそめられ、声の調子も棘のあるものに変化する。 「じゃあいいや。せっかく葵ちゃんが喜びそうなもの用意してたのに」 櫻から何かを貰う理由はないと思う。その気持ちは変わらないけれど、櫻の言葉でご褒美の正体が気になってしまう。拗ねたようにソファに背を預けてそっぽを向いてしまった櫻に、今度は葵から距離を縮める。 「ちなみにご褒美って何だったんですか?」 「さぁ、何だろうね」 本当に怒っているかどうかぐらいは判別がつく。この横顔は葵に意地悪をして楽しんでいる時のものだ。だから葵も彼の隣に寄り添うように座り直す。 「ヒントください」 「いいよ、質問してごらん」 やはり櫻は本気で機嫌を損ねたわけではなかったらしい。食事の手を再開させてしまうが、おしゃべりには付き合う姿勢を示してくれる。 「じゃあ一つ目の質問しますね。それは物ですか?」 「あぁ絶妙なところだね。葵ちゃんには物体として渡すけど、それ自体がご褒美ってわけじゃないかな」 櫻がもたらした回答はあまりにも難解だった。正体を暴くどころか全く見当がつかなくなってしまう。次にどんな質問をすべきかも悩ましいが、その“物体”とやらの詳細を探れば近づくことが出来るかもしれない。 「次はその大きさを教えてください」 「大きさか。……このぐらいかな」 普段は鍵盤を叩く両手の親指と人差し指でL字を型取り、四角を表現してみせる。それほど大きなものではないようだ。机に広げられた弁当の箱よりも一回りか、それ以上小さく見える。

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