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act.8月虹ワルツ<221>
「どう?わかった?」
「……全然分かりません」
「しょうがないね。僕からもヒントあげようか」
うなだれる葵を見かねて、櫻からそんな提案がなされた。優しいと絆されてしまいがちだが、答えをくれないことには変わりない。
「それはお金では買えないもの。いくら欲しいと思ってもね」
「非売品ってことですか?」
「んー、まぁそんなところかな」
確かにヒントではあるのだろうけれど、答えに近づけた気がしない。
「もう降参?もっと質問すればいいのに」
「何を聞けばいいかも分からないです」
今度は葵がソファの背もたれに倒れ込む番だ。クイズ感覚で楽しむつもりで提案したが、櫻が葵のために用意してくれたものが何かなんて想像もつかない。
「いつ使うものなのかは?知りたくない?」
素直に頷けば櫻は“週末”と教えてくれた。
「ていうことは、学校には関係ないものなんですね。次の試験範囲のアドバイスかなって思ったんですけど」
「あーなるほど。大分遠いね、残念」
今回櫻は試験対策のために手作りの問題を作ってくれた。だから次の試験も手伝ってくれようとしている可能性を考えたのだけれど、全くの見当違いだったようだ。
「答えは何だったんですか?」
「内緒」
思わず見惚れてしまいそうな綺麗な笑顔で返されても、もやもやとする感覚は消えない。
でもこの流れはある意味チャンスかもしれないと思い直す。演奏会で櫻に贈るプレゼントの候補。忍には任せてと宣言した割に、未だに何の案も浮かんでいなかったのだ。
「櫻先輩はご褒美もらえるとしたら何がいいですか?」
「……葵ちゃんへのご褒美の話はもう終わり?」
櫻が切り上げるようなことを言うから話題を変えたのに、不満そうにされる。でも溜め息を一つつくと、葵の質問に対して真剣に悩む素振りを見せてくれた。
「欲しいものなんて自分で買っちゃうからなぁ。人から貰って嬉しいものってなんだろう?食べ物とか匂いのあるものは、趣味に合わないと迷惑なだけだし」
遠慮のない物言いだが、プレゼント選びには参考になる意見だ。こだわりが強い櫻にとっては、確かに好みでないものは扱いに困るだけなのだろう。
「あぁ、生花は嬉しいかな。自分で買うことはないし」
そのまま花瓶に飾っても、乾燥させて半永久的に楽しんでもいい。その言葉通り、櫻の部屋にはドライフラワーのスワッグが所々に存在している。
花を贈るのは定番すぎる気がして候補から外していたが、彼が喜んでくれるならそれがいい。
「櫻先輩はなんのお花が一番好きですか?」
彼の名前が花そのもの。どうしても春に咲く淡いピンク色の花を思い描いてしまうが、それが彼の好みとは限らない。
「なに?僕に花でも贈ってくれるつもりなの?」
「え、あの、ただ聞いてるだけです」
「ふーん、聞いてるだけねぇ」
慌てて誤魔化してみるが、見透かすような目をする櫻が納得してくれたとは思えなかった。美しい花なら何でもと、答えになるようでならない返事はもらえたけれど、候補を絞り込むのに苦労するかもしれない。
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