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act.8月虹ワルツ<223>
「櫻先輩へのプレゼント、お花が一番良さそうです。何のお花が良いかまでは聞けなかったですけど、それをお伝えしたくて」
「……俺に話したかったのはそれだけか?」
忍はもっと違う話題を想定していたらしい。意外そうな顔をされて、葵も反応に困る。都古の部屋のことなら昨日で一旦話は付いているはず。勉強を手助けしてくれたお礼は伝えているし、他に何か忍に言うべきことがあっただろうか。
「あぁ、何もないなら構わない。気にするな。それより葵、日曜の予定は?」
「週末はまた遥さんのお家に泊まる約束はしてますけど、何をするのかは決めてないです」
今のところ天気予報では晴れマークが付いていた。昨日行けなかった場所に遊びに行くのもいいし、ただのんびりと家で過ごすだけでもいい。遥と居られるならどんな過ごし方でも楽しいに決まっている。
「相良さんとの時間を奪うようで悪いが、花を選ぶのも付き合ってくれないか?」
演奏会の会場へと向かう前に櫻に合う花を見繕いたいのだという。忍が当然のように葵の案を採用する前提で話を進めていることがまず葵を喜ばせた。
「もちろんです。櫻先輩が喜ぶお花、一緒に選びましょう」
本当なら選ぶだけでなく、直接渡したいとは思う。叶うのなら櫻が練習を積み重ねた結果もこの耳で聴いてみたい。でもそれはきっと葵には許されないこと。
演奏会に向かう時間が決まっていないからという理由で、忍には少し長めに予定を空けておいてほしいと頼まれた。どうせ何も決まっていないのだから全く問題ない。大きく頷けば、忍からは褒めるように頭を撫でられた。
「今日は眠れそうか?」
忍からも別れ際にこんな心配をされてしまう。初日の寝坊はよほど不安な印象を与えてしまったようだ。進級してもうすぐ二ヶ月が経つ。葵だってもう生徒会で一番年下の後輩ではないのだ。先輩らしく振る舞えるようにならなくてはいけない。
「大丈夫です。目覚まし時計と携帯のアラーム、両方セットするので」
それより、と葵は忍に確認したかったことを口にする。今日新しく出会った後輩の存在を思い出したのだ。
「百井くんのこと、どうするんですか?」
突然現れた一年生。例年より少ない人数で生徒会の活動を回さなければいけない状況では、一人でも多くの仲間が増えるのは喜ばしいこと。葵は純粋に歓迎するつもりでいたのだけれど、聖と爽は役員の座を争うライバルが現れたと認識したようだった。二人のどちらともが苦い顔で波琉を見つめていたことが気がかりだった。
親しいからという理由で二人を優遇すべきでないことは分かっている。希望者全員を何の審査もなしに役員にするわけにはいかないことも。
「適正はこれから確認する。そのためにオリエンから帰ってきたら百井も活動に参加させる。そう説明しただろう?」
「はい。……選挙はするんですか?」
「体育祭前にイベントを差し込みたくはない。もし実施するにしても、そのあとが現実的だろうな」
すでに忍の中ではこれからの段取りがついているらしい。彼の言うことはもっともだけれど、答えが出ない状態が続くのは聖や爽にとっては辛いだろうと思う。
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