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act.8月虹ワルツ<225>

* * * * * * 部活が休みになる試験期間も、学園行事がある日も、よほどの悪天候でなければ早朝のランニングを欠かしたことはない。今朝もアラーム音が響く前にベッドを抜け出し、学園の外周を巡るいつものコースを走り抜ける。 「げ……今日も走ってたの?」 部屋に戻ると、汗だくの小太郎を見てルームメイトが信じられないものを見るような目を向けてくる。 「つーか遅刻するぞ、そのまんまで行くわけ?」 「だって集合八時半でしょ?」 まだ三十分以上もある。シャワーを浴びて、朝食のパンを購買まで買いに行ったって余裕がある計算だ。でも目の前の彼はますます呆れた顔になる。 「ばーか、八時だよ」 「……え、ヤバくね?」 「じゃあお先に。置いていかれないといいな」 しおりには昨夜も目を通したし、担任からの案内にもきちんと耳を傾けていたつもりだ。だから自分でも何をどう勘違いしたのか分からない。でも小太郎が危機的状況に立たされているのは間違いない。 荷造りを済ませたボストンバッグを片手に悠々と出掛けてしまうルームメイトの背中を横目に、小太郎はその場で乱暴に服を脱ぎ捨てるとバスルームに駆け込んだ。 髪を乾かす余裕なんてないし、朝食なんてもってのほか。昨夜中途半端に着替えを詰め込んだだけのバッグと、常備していた栄養食品のパックを握りしめて部屋を飛び出す。 すでに集合時間は過ぎてしまっていたが、さすがに置き去りにされることはないはず。そう信じて寮の正面に出ると、大型のバスがクラスの数分並んでいるのが視界に入り、小太郎は安堵の息をつく。 遅刻の理由を素直に説明すると担任とクラス委員には心底呆れた顔をされたが、どうやら遅れているのは小太郎だけではないらしい。まだ出発出来ない状況だと言われて、誰かも分からぬ同級生に感謝する。おかげでトランクにバッグを積み込む前に、ファスナーを閉める時間が得られた。 アスファルトにしゃがみ込み、めちゃくちゃに押し込んだ着替えを適当に畳み直すとようやく容量に空きが出てきた。絶対に何か忘れ物をしていそうな気がするが、何とかなるだろう。楽観的な考えを浮かばせながら仕上げにファスナーを閉じきったところで背後から声が掛けられた。 「小太郎くん」 それほど声量はないはずなのに、よく通る澄んだ声。知り合いにそんな声の持ち主はいただろうか。心当たりがないまま振り返った小太郎の目の前に居たのは、一つ上の先輩だった。 「ふ、藤沢さん?え、オリエン行くんですか?」 予想外の存在に思わず馬鹿なことを口走ってしまう。朝日を浴びて金色の髪をキラキラと輝かせる姿が眩し過ぎるのもいけない。柔らかく微笑む姿は見たことがあったが、小太郎の問い掛けに面食らったあと顔をくしゃりとさせて笑う表情は新鮮だった。

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