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act.8月虹ワルツ<228>
今度は窓に凭れかかって映画を観ている聖に手を伸ばそうとする。だが、その手が聖の肩に届く前に、間に居る爽に掴まれた。
「邪魔」
「ごめん」
視界を塞ぐような動きをとったつもりはなかったが、有無を言わさぬ視線で気付く。おそらく今は聖の邪魔をしてはいけないタイミングなのだろう。
たしかに画面を覗き込む横顔はただ映像を楽しむだけのものではない。その真剣な表情をしっかり確認していれば、小太郎も声を掛けようなんて思わなかったと思う。
爽は以前兄を自分よりも“ひねくれ者で厄介”と評していた。おそらく爽よりも聖を怒らせたほうが大変そうだとは、小太郎も短い付き合いの中で感じていた。先ほど挨拶は返してくれたが、二度目に彼の集中を途切れさせた時はどんな反応を見せるかは分からない。
「ありがとう」
「……なにが?」
聖の機嫌を損ねずに済んだことに感謝すれば、爽はまるで何でもないことのようにとぼけてみせる。爽も十分ひねくれ者だと言ったら、怒らせてしまうだろうか。
小太郎は浮かんだ言葉を飲み込み、大人しく正面に向き直った。
上級生との交流がメインの歓迎会とは違い、今回のイベントは同級生の親睦を深める気楽なもの。だから目的地に向かう車内ではクラスメイトたちが騒がしいぐらいにはしゃいでいる。
その喧騒の中で、小太郎は葵から受け取ったメモを手元でこっそり開いた。IDを入力すると、葵がメッセージアプリに登録している名前が表示された。平仮名で“あおい”と表記されると、彼の持つ柔らかい雰囲気がより一層際立つように感じる。
今のままではこちらから何かしらの連絡をしないと、葵からは小太郎に連絡が出来ない状態。だから早速メッセージの入力画面に移るが、一体何を打てばいいのだろう。
普段なら適当なスタンプを送ってやり過ごすからか、こんな時にふさわしい気の利いた言葉が全く出てこない。
“竹内です。宜しくお願いします。”
悩んだ末に小太郎が選んだのは自己紹介と無難な挨拶。何を宜しくするのかは自分でも分からない。だって葵はただ聖と爽のことが気掛かりで小太郎に声を掛けてきたのだから。
形式的な挨拶に返信が来ない可能性だって高い。それなのに、メッセージを送信してからやたらと通知を気にしてしまう。今葵は授業中だということも忘れて、何度携帯を確認したか分からない。
待ち望んでいた返信が来たのは、一限の授業が終わった頃だった。
“クッキー美味しかったよ、ありがとう”
葵の中であれが単なるクッキーに変換されたことが小太郎を笑わせる。次は何と返そうか。
「さっきから何にやけてんの」
返信を打ちかけた途端、隣から声が掛かる。咄嗟に画面を伏せて顔を上げると、怪訝な顔をした双子が揃ってこちらを見つめていた。
連絡先を交換したことは内緒だと葵から口止めされている。だから小太郎は“なんでもない”と下手な誤魔化しを口にするしかなかった。
「俺らのことは詮索したがるくせに」
爽がつまらなそうに発した言葉が胸をチクリと刺してくる。
やましいことは一切ないのだけれど、彼らが好意を寄せている先輩とこっそり連絡を取っているなんて知られたら相当まずい事態になる気がする。けれど、頑なに隠そうとすれば、それはそれでバレた時の被害が増すに違いない。
一体どうしたらいいのだろう。そう悩みながらも頭の片隅では早く葵への返信を送りたいと考えている自分が居ることに気が付いて、小太郎はますます困惑するのだった。
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