1337 / 1636
act.8月虹ワルツ<235>
「仕事って?なんかやってんの?」
爽よりもずっと手際よく材料を刻み、まな板の上を空にした波琉は、ひと段落ついたと同時に少し遅れて会話に入ってきた。
高等部からの入学。それも双子。葵に迫っていることも含めて、学園内での注目度が高い自負はあったが、波琉はまるっきり知らない顔をして尋ねてくる。ただの一般生徒ならただ興味がないだけで済むが、波琉は役員入りを志しているのではなかったか。
情報ぐらい仕入れておけと思うが、そもそも爽をライバルとみなしていないのかもしれない。そう考えると無性に悔しい気持ちが湧き上がる。波琉からはそんな嫌味な様子は感じ取れないのに、どうしても悪い方向に考えてしまう。
「すごいんだよ、モモちゃん。二人ともモデルやってんの」
「へぇ、モデル?」
「ほら、これ見て。かっこよくね?」
まるで自分のことのように自慢げに掲げた携帯の画面には、今シーズンのコレクション用に撮影された写真が表示されていた。自分たちの仕事にはそれなりに誇りを持っているが、こんな場所で格好つけた姿を晒されるのは気恥ずかしさがある。
「なんでそんなもん保存してんだよ」
「なんでって、こないだ父ちゃんに送ったから。新しく出来た友達だよって」
二人と写真を撮ったことがないから、やむなくネットで拾ったのだと説明されても、まず親に友達の写真を送る行為が理解出来ない。爽の母親が友人関係に関心を持ってきたことなどなかったからだ。
でも小太郎の話を聞いた波琉は爽とは違う部分が気に掛かったらしい。
「普通に一緒に撮って送ってやれよ。いつもそうしてんじゃん。友達よりコタローの顔見たいだろうし」
小太郎が父親に日常を報告すること自体は珍しくないらしい。波琉はよく把握しているようだが、爽は小太郎の実家がどこなのかも、家族とどんな関係なのかも知らない。
「うーん、俺の顔見たいかは分かんないけど。たしかに本当に友達かって疑われたしなぁ。じゃああとでモモちゃんカメラマンやってよ」
「あとでっつーか今撮れば?あっちも暇そうだし」
波琉が視線をやった先にはむくれた顔の聖がいた。炊飯係に命じられた聖は、波琉の友人とは特に会話が盛り上がらなかったらしい。彼の目にはこちらが随分楽しげに見えてしまったようだ。
かといって、仲間に入るよう誘っても素直に聞く性格でもない。一度拗ねた兄の対応は少々面倒なのだ。
爽が小太郎の希望を叶えるようお膳立てをしてやる義理はないし、この場は適当に流すしかないかもしれない。そう考えて口を挟もうとする前に、小太郎が波琉を止めた。
「やっぱまたあとで頼む」
「……あ、そ。りょーかい」
波琉はその理由を尋ねることなく、ポンと小太郎の肩を叩いてあっさりと自分の持ち場に戻っていった。
「これからいっぱいチャンスあるしな。笑顔で撮りたいし」
妙な空気を取り払うように、小太郎はニカっと笑いかけてくる。今誘ったところで拗ねた聖からは笑顔が引き出せないと判断したのだろう。彼は積極的に歩み寄って来るように見えて、引き際を見極めるのがうまいと感じる。
生まれ持ったものなのか、それとも何かをきっかけに身につけたのか。
今まで小太郎から興味を持たれるばかりでこちらから彼を知ろうとすることはなかったが、そんな疑問が浮かぶぐらいには気になる存在になっているのだと思う。
ともだちにシェアしよう!

