1338 / 1636

act.8月虹ワルツ<236>

小太郎は爽たちを躊躇いもなく“友達”と呼んでくるが、隙あらば遠慮なくじゃれつきにいく波琉との関係とは大きく異なっていると思う。まだ爽は小太郎をよく知らない。小太郎がこちらを理解しようと努めている状態に甘えているだけではいけないのだろう。 でも、とバスでのやりとりを思い出す。常に周りの友人たちとおしゃべりを楽しむタイプの小太郎が珍しく携帯を見つめて百面相をしていた。その理由を尋ねると、小太郎はあからさまに誤魔化してきたのだ。こちらは答えたのに、なんて子供っぽい不満が溢れて来る。 爽の機嫌を持ち直させたのは、葵から届いたメッセージだった。あちらもちょうど昼休みの時間なのだろう。今朝見送りに来てくれたことといい、葵がこうして自分たちを気にかけてくれていることが何よりも嬉しい。 早速返信の内容を考えていると、背後からドンと強めに体当たりをされた。振り返らずともこんなコミュニケーションを爽相手にとれるのは聖しかいない。 「なぁ、先輩からなんて来た?」 「楽しんでるかって」 「……なんだ、一緒か」 文面にさほどの違いがないことに対してつまらないと言いたげだが、どこかホッとしているように聞こえる。 「さっきの。あれ何?」 「あぁ、竹内が写真撮りたいんだと」 「写真?」 視線が一気に寄せられた挙句、声を掛けられずに終われば誰だって気になるだろう。だが訳を教えてやっても、聖は釈然としない顔を向けてくる。父親に送りたいらしいと伝えてもますます難しい表情になるだけだ。そうなる気持ちはよく分かる。 でも聖は手元の携帯を見下ろしながら、予想外のことを口にした。 「それ、葵先輩に送ったら喜ぶかな?」 そんなこと聞くまでもない。双子がクラスに馴染むことを願っている葵なら喜ぶに決まっている。だから爽は迷うことなく頷いた。 「竹内となら撮ってもいい」 葵を建前にはしているし、波琉には心を許していないという宣言ではある。けれど聖の中では最大限譲歩した言葉だと思う。兄の成長を感じて嬉しいような、少しだけ寂しいような不思議な感情が湧き上がって来る。 小太郎が波琉にしたように爽も聖に凭れ掛かってみれば、彼は当然のように受け入れた。でもなぜか表情は不安げだ。 「もう俺のこと怒るのはやめたの?」 そういえば昨日のホームルーム以降、聖には自分勝手な態度をとっていたことを思い出した。試験で聖に負けたことが悔しかっただけで、怒っていたわけではない。波琉の登場で、聖と小競り合いをしている場合ではなくなったから有耶無耶になっていたのだ。 「そもそも怒ってない。聖と協力してあいつ倒さなきゃなんないし」 そう言って視線を波琉に向ければ、聖も同意するように頷いて来る。葵と恋人になるという目標を達成するための障害は山ほどあるが、直近の敵は突然現れた波琉だ。 波琉には爽たちを邪魔しようなんて気はないのだろうが、生徒会役員という限られた席数を争うには彼を排除する他ない。 波琉の人柄は大まかに分かった気がするがもっと情報が欲しい。そのためには友人である小太郎から波琉の情報を引き出すのが近道だ。 また本人に聞けだなんて言って波琉を呼ばれても困る。決行するのは夜、三人部屋で過ごす時間に決めた。 ついでに小太郎のことも聞いてみようか。そんなことを思わず口走ってしまった爽を聖は不思議そうに見つめて来たが、からかってくるようなことはしなかった。

ともだちにシェアしよう!