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act.8月虹ワルツ<237>

* * * * * * 特別棟には普段使っている生徒会室の他にも、大人数での会議を想定した部屋が設けられている。今日はその会議室を使って体育祭実行委員の主要メンバーとの打ち合わせが予定されていた。 「葵、案内してやってくれ」 窓の外を見ていた忍は、実行委員の到着を確認して声を掛けてくる。最近では聖や爽が率先して雑用を請け負ってくれていたが、彼らが居なくなると一番年少者の葵が忙しくなく動き回ることになる。でもこうして役割を与えられると、自分がここに居てもいい存在だと実感できて心地がいい。 忍の指示でエントランスに降りると、すでに委員たちは建物の中に入って迎えを待っていた。その中心にいるのは少し前まで同じ生徒会役員だった瀬戸。 スポーツマンが揃う体育祭の実行委員の中でも、瀬戸は一番の長身だ。バレーボール部のエースであり部長。そして実行委員長までこなす彼は、忍が立候補するまでは次期会長として皆に期待されていた存在だった。 冬耶や遥も彼の仕事ぶりを褒めていた。高等部だけでなく、初等部や中等部の後輩たちの指導にも熱心で、慕われている姿もよく目にする。 でも葵は一緒に活動した半年間で、彼と親しくなることは出来なかった。直接何かを言われたわけでも、されたわけでもない。でも好かれていないことは肌で感じていた。 葵なりに認めてもらおうと精一杯活動に参加したつもりだった。けれど瀬戸からすれば、いつまでも冬耶や遥に面倒を見てもらってばかりの葵は足手纏いでしかなかったのかもしれない。 「お待たせしました」 「あぁ、今日はよろしく」 多少の気まずさと緊張を抱えながら挨拶をすると、瀬戸は抑揚のない声で会釈を返してきた。いつも通りではあるのだが、やはりどこか冷たさを感じてしまう。 元役員の瀬戸が居るのだから本来は会議室への案内など必要ないはずだ。それでも形式的に葵が役員として彼らを先導しなければならない。二階への階段をのぼる時間がいやに長く感じる。 奈央に着いて来てもらいたかったとか、聖や爽が居てくれたらなんて甘えたことを考えてしまうからいつまでもダメなのだろう。 葵にとっては長い道のりを経てようやく辿り着いた会議室。彼らを中に通して忍を呼びに行こうとすると、瀬戸が手首を掴んでそれを妨げて来た。力は込められていないから痛みは感じないが、大きな手に遠慮なく触れられると必要以上に体をびくつかせてしまう。 「相良さん、帰国したんだろう?」 「あ、はい。土曜日に」 敷地内に現れたおかげで、遥の帰国は学園中に知れ渡っている。クラスメイトも瀬戸と同じように遥のことを尋ねてきた。卒業してもなお、遥は皆が注目する憧れの存在なのだろう。 そういえば瀬戸は冬耶よりも遥によく話しかけていたような気がする。 「藤沢に会いに?」 「どう、なんでしょう」 遥はそう言ってくれたけれど、瀬戸相手に“自分のため”と返すのは気が引けた。だから曖昧に答えるしかなかったが、瀬戸は鋭く感じる目をさらに細めてこちらを見据えた。 「なんだ、とうとうその日が来たのかと思ったが、まだどうにもなっていないのか。安心した」 「……安心していただけたなら、良かったです」 瀬戸が葵に何を確認したかったのか分からない。けれど、回答として不正解ではなかったようでホッとした。素直に伝えれば、珍しく瀬戸が葵相手に口元を緩めた。 「藤沢には牽制が通じないのを忘れていた。相良さんに伝えておいてくれ。瀬戸が会いたがっていたと」 「分かりました」 頷くと瀬戸はようやく葵の手を離してくれた。

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