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act.8月虹ワルツ<238>

会議は双方が準備を整えて臨んだおかげで、滞りなく進行した。 唯一の懸念点としてあげられたのは歴代の生徒会長と副会長が担う応援団長の役割。だが実行委員が前回忍と櫻から指摘を受けて練り直して来たという演出案は今までの慣習をガラリと変えたもので、二人の負担が相当軽減されるように思えた。 演奏会が終わるまでは体育祭に向けての練習に時間を割きたくないという希望を最大限汲み取った提案に、櫻が素直に感謝を伝えていたのが印象的だった。 「それじゃあ藤沢、よろしく」 委員たちを引き連れて会議室を出て行く時、瀬戸はそう言って葵の肩に手を置いてきた。前年度の生徒会で瀬戸にはほとんど空気のように扱われていたから、こんな風に声を掛けられるだけでも珍しいと感じてしまう。 「何を“よろしく”されたんだ?」 長い会議を終えてもちっとも疲れを見せない忍が怪訝な顔でこちらを見つめてきた。瀬戸とは接点がほとんどなかったと以前話したことを覚えていたのだろう。 「遥さんに会いたいって伝えてほしいと言われました」 「葵に頼むとは、随分挑発的だな」 「挑発?瀬戸さんは遥さんと仲良しのはずですけど」 瀬戸が遥を慕っているだけでなく、遥も瀬戸を認めていた。大事な仕事は瀬戸に任せていたし、頼りにしているとも言っていた。だから忍の不穏な言葉を否定するように、彼らの関係を伝えてみる。 「忍が言いたいのはそういうことじゃないよ。相良さんのことまだ諦めてないんだなぁって意味」 櫻が補足してくれたことも葵には理解が難しい。もう少し易しく説明してほしい。そんな目で見つめ返してみるが、櫻は“また後で”と笑ってひと足先に部屋を出ていってしまう。 今夜も櫻には夕食を運ぶ予定だ。だからその時に改めて尋ねてみようか。そう思ったが、この場には前年度の瀬戸と遥の関係を葵よりもよく知っている人たちがいたことに気が付く。 会議中換気のために開けていた窓を閉めて回っている奈央と、大きな欠伸を繰り返している幸樹。葵は手伝いもかねて、奈央の元に駆け寄ることを選んだ。 「瀬戸さんって遥さんと仲良しでしたよね?」 広いと言ってもこの部屋には他に人が居ないのだから、奈央にも当然やりとりは聞こえていたと思う。奈央に倣ってまだ開け放たれたままの窓を閉じながら、自分の認識に間違いがないかを尋ねてみる。 「そうだね。葵くんの思う“仲良し”とはちょっとニュアンスが違うかもしれないけど」 奈央まで分かりやすい表現を選んではくれない。でも困ったような笑顔を浮かべる奈央にこれ以上追及するのは良くない気はする。 「ん?お兄さんのとこ来る?おいで」 スッキリしないままでは瀬戸からの伝言を遥に伝えるという約束は果たせそうもない。チラリと幸樹を覗き見ると、彼は愉快そうに笑って手を広げてくれた。 少し距離を詰めるなり、大きな手に腕を引かれる。幸樹にこうして触れられても、瀬戸に手首を掴まれた時に感じたような居心地の悪さは感じない。葵がいい香りだと伝えた匂いを今日も纏っていることに気付いたから尚更だ。 「瀬戸は藤沢ちゃんと張り合おうとしてんの。その宣戦布告みたいなもんやろ」 「……絶対に僕の負けじゃないですか?」 恐らくは分かりやすく噛み砕いて教えてくれているのだと思う。でも瀬戸はスポーツだけでなく、勉強の成績も優秀だったと記憶している。葵には勝ち目など一つもない気がする。それに、遥に会いたいと伝えるだけで張り合うことになるとも思えない。 「そっか、これも分からんか。瀬戸からしたらある意味手強すぎる相手やな」 幸樹は笑って話を切り上げてしまったが、葵には釈然としない思いだけが募った。

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