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act.8月虹ワルツ<239>

ただでさえ長丁場だった会議。参加者が多かった分、全員のカップを片付けるのにも時間が掛かってしまった。全ての戸締りを終え、寮に戻った頃にはすっかり日が沈んでいた。 寮の玄関を彩る華やかな外灯のもとには、昨日とは違い京介だけでなく都古の姿もあった。でもいつも高い位置で結ばれている黒髪はしっとりと濡れて肩口に下ろされているのが遠目でも分かる。今日もすでにシャワーを済ませているようだ。 「あいつらはただ黙って並んでいて楽しいのか?」 別に好きにすればいいが、なんて前置きをしながら隣を歩く忍は二人に対して呆れた視線を送る。とても会話など出来ない距離をあけて佇んでいる姿は確かに不自然に見えるだろう。葵だっておかしいとは思う。 でも仲良くお喋りをして待っていてほしいなんてリクエストをしても、渋い顔が返ってくるのは目に見えている。無理に待っていなくてもいいと伝えても恐らくは同じ反応が返ってくるだろう。健全ではない状態だが、今の葵では彼らの仲をどう取り持てばいいのか見当がつかなかった。 「夕食はどうする?今日も部屋で食べる?」 「……いえ、食堂で食べたいです」 奈央に問われ、葵は少しだけ悩んだ後そう答えた。 昼休みになると教室まで迎えに来てくれる聖と爽。二人の存在が居ないだけで食事の時間が随分寂しいものになるのだと、今日のランチで実感させられた。 それに二人だけでなく一年生全員が居なくなった分、学園全体が異様に静かに感じられる。だからせめて少しでも賑やかな場に身を置いておきたかった。 「遅かったな」 「おなか、すいた」 二人との距離が縮まると、揃って手が差し伸べられる。どちらか一方だけを取るわけにはいかず、葵からも二人の手を掴む。真ん中に収まると葵は安心する。ずっとこのままで居たいとすら思う。けれど二人はそれでは納得してくれない。 都古だけでなく、他の皆も空腹を感じていると聞いてそのまま食堂に向かうことにしたが、葵自身は食欲が湧いているとはいえなかった。カウンターに掲げられたメニューの中では一番軽そうな焼き魚の定食を選び、ご飯の量も極力少なくはしたものの箸の進みは遅い。 「昼もロクに食ってねぇだろ。どうした?」 行儀が悪いとは知りつつ延々と箸の先で魚を突いていると、向かいに座った京介がその様子を見かねて声を掛けてくる。彼はもうとっくに自分の食事を終えていた。京介が特別早いというわけでもなく、まだ食事をしているのは葵と奈央だけだ。 「お昼は小太郎くんにもらったクッキー食べたからお腹いっぱいだっただけだよ」 「じゃあ今は?また何か食った?」 「紅茶、飲みすぎたのかも」 会議の合間に飲んだ紅茶を言い訳にしてみたが、たったの一杯だ。夕食に影響が無いことは葵以外の役員の様子を見れば明らか。 「俺が、食べる」 「甘やかすなって。理由聞かなきゃどうしようもねぇだろ」 隣に座った都古がいつものように手助けをしてくれようとするが、京介がそれを止めた。京介だって葵が一人分を食べきれない時は手伝ってくれるからその行為自体を怒っているわけではないはずだ。 でも食が細いのは幼い頃からのことだし、それ以上のことは説明しようがない。

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