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act.8月虹ワルツ<241>

葵はこれ以上皆に心配を掛けないよう、普段通りに振る舞い続けることを選んだ。約束通り、櫻の分の食事を用意するのも忘れない。けれどその行動がまた京介の気に障ってしまったらしい。 葵が大事に抱えた包みをひと睨みしたあと、あろうことか忍に突っかかってしまった。 「なぁ、今こいつに誰かの面倒見るような余裕ないのは分かんだろ。自分の飯ぐらい自分で用意させろよ。葵に責任押し付けんな」 葵には何を言っても仕方がないと判断したのだろう。たしかに配達のきっかけを作ったのは忍だけれど、続けているのは葵の意思だ。強制されているわけではない。 「京ちゃん、そういう言い方……」 「確かに。甘え過ぎているのは事実だな」 葵の反論を遮って、忍が京介の主張を認めるようなことを口にする。気遣うような目で見下ろされて、葵はただ居た堪れない想いに苛まれた。 忍が代わりを引き受けるように包みに手を伸ばしてくるが、葵はそれを拒んだ。自分の背に隠して首を横に振る。 「櫻先輩とお喋りする時間が楽しみなんです」 練習に没頭する櫻への心配が第一にある。けれど、二人きりの場だと櫻の纏う雰囲気が随分柔らかくなることを知った。それに今まで触れ辛かった櫻の深い部分も、彼のほうから曝け出してくれる感覚がしている。 演奏会が終わったらこの時間がなくなってしまうのだと思うと、寂しいと感じる。それほどに葵にとっては大切な交流の機会になっていた。 「……だそうだ。葵の交友関係を広げさせたくないのなら止めるが、どうする?」 忍は伸ばしかけた手を包みではなく、葵の頬に伸ばして宥めるように撫でてくる。そして視線を京介へと戻した。 「嫌な聞き方すんなよ。そういう話はしてねぇだろ」 「そうか?その意図が全くないようには思えなかったが」 忍相手では京介の分が悪いのかもしれない。先に目を逸らしたのは京介だった。舌打ちと共に背を向けて立ち去ってしまう。そのあとを追うように幸樹までふらりと歩き出してしまった。 喧嘩と呼べるほど揉めたわけではない。京介はああして怒っても、大抵次の日には何事もなかったかのように振る舞ってくれることを知っている。でも物理的に置いていかれると、どうしても不安が込み上げる。別々の部屋に帰るのだとしても、だ。 「大丈夫」 するりと回ってくる腕と、心地の良い重み。耳元で囁かれる言葉も、葵をただ安心させるもの。いつもはこうした時に常に都古が寄り添ってくれていた。でも都古とだってお別れしなくてはいけない。 強くなりたいと願ったのは葵。でも皆が当たり前のようにこなせることが、葵にとってなぜこれほどまでに高い壁になるのかが分からない。 出来損ないとか、欠陥品とか。幼い頃に掛けられた言葉がこんな時に蘇っては葵を苦しめる。 「アオ。甘えて、いい?」 都古は自分が我儘を言っているというスタンスで葵に抱きついてくる。でも今はきっと葵のほうが温もりを求めていた。ぎゅっと音が鳴るぐらいにしがみつくと、都古からもより一層強く力が込められた。

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