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act.8月虹ワルツ<242>
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一年生だけの気楽なイベント。事前にそう伝え聞いてはいたが、実情はなかなかにハードだった。夕食の時間すらもクラスごとにレクリエーションが用意されていて、ちっとも落ち着いて食事をとることが出来なかった。
集団行動が苦手な聖にとっては常にグループやクラス単位で動くことにもストレスを感じさせられた。今日予定されていた全てのイベントをこなして自室に戻ると、自然と安堵の溜め息が湧き上がる。
爽も似たような表情をしていたが、もう一人の同室者は扉を開けるなり元気よくダッシュしていく。彼は聖が感じているような疲労とは無縁な生き物らしい。
「へぇ、二段ベッドだったんだ!すげぇ広い!なぁ、どこ使う?」
到着時に一度荷物を置きには来たが、スケジュールが詰まっていたせいで中を観察する暇もなかった。改めて眺めると、室内は小太郎がはしゃぐのが頷けるほど広く、面白いレイアウトをしていた。
スペースの真ん中に置かれているのは大きな液晶テレビと六人掛けのテーブル。憩いの場を囲むようにデザイン性の高い二段ベッドが二つと、ソファベッドが並んでいる。
元々四人から六人のグループ分けが基本とされているから、こんな作りをしているのだろう。
「ここってオリエンのためだけの施設なの?もったいない」
高等部の全校生徒で利用した歓迎会の施設と比べれば小さいが、それでも十分すぎるほど立派な設備だ。年にたった一度のイベントのためだと思うと、無駄に感じてしまう。
「冬はスキー教室で使ってるみたい。あと部活によっては夏合宿でも使ってるよ」
大きな窓から見える山にはリフトも確認できる。今は青々とした高原植物や花々が山肌を覆っているが、冬になれば雪が積もってスキー場になるのだろう。
「野球部はここで合宿しないんだ?」
「ここ人気すぎて、申請しても許可おりないんだよ」
小太郎が所属する野球部は、廃部も危惧されるほど部員が少ない。当然のように成績の良くない彼らに学園側が予算を割きたがらないのも致し方ないとは思う。
窓に沿うように置かれたソファベッドに転がりながら、小太郎はここで合宿が出来たらなんて妄想に浸り始める。それを横目に、聖は入口に近い方のベッドの下段を選んで荷物を下ろした。
「先にシャワー使っていい?」
着替えを手に声を掛けるとすっかりくつろいだ様子の二人からは揃って了承の回答が返ってきた。
正直なところ、昼食で炭火の香りを浴びてからその匂いを早く洗い流したくて仕方なかった。高地で気温が低いとはいえ、山間を歩けば汗だってかく。
大浴場が付いているせいか室内にバスタブはなかったが、べたついた体を流すだけなら十分だ。備え付けではなく持ち込んだアメニティの嗅ぎ慣れた香りに包まれると、ようやく平穏を取り戻せたような気分になる。
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