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act.8月虹ワルツ<246>
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葵が部屋を移ってから三回目の朝が来た。おやすみやおはようの挨拶には返事が来るけれど、それ以外のメッセージはほとんど送られて来ない。当然電話も、だ。冬耶も似たような状況らしい。
登校はしているけれど、奈央の話では寝不足と食欲不振の傾向が顕著になってきたようだ。週末が訪れる前に一度直接様子を見に行ったほうがいいかもしれない。遥は短い言葉だけのやりとりが並んだ画面を閉じて、小さく息をついた。
今日は葵のカウンセリングを担当している宮岡との面会の約束を取り付けていた。遥のほうから願い出たものの、こんなにも早く予定を調整してくれるとは思わなかった。やはり彼にとって葵は特別な存在なのだと穿った見方が頭を過ぎる。
例の如く派手なスポーツカーで迎えにやってきた冬耶と合流し、宮岡の勤める病院へと向かう道すがら、車中での話題に上がるのはやはり葵のこと。
「やっぱりこんな時に一人部屋は無茶だったかな?」
冬耶は迷う姿を弟たちには決して見せないけれど、遥の前だとこうして弱気な部分を躊躇いなく晒してくる。
椿や馨との接触、それに一ノ瀬が起こした事件。ただでさえ時折過去の記憶のせいで悪夢に襲われがちな葵をむやみに追い込むことになったのではと後悔する気持ちは分からないでもない。少しでも葵を安全な場所に、という建前があったとしてもだ。
「奈央に面倒見させるんじゃなかった?」
「それが“一人で大丈夫”って言い張ってるらしいんだよ。だからなっちからも無理強い出来ないらしい」
葵がそうして強がることも想定内ではあった。今の所、自傷の癖は出ていないようだが、いつ葵がパニックに陥って極端な行動に走らないとも限らない。
「京介と都古は?」
「うーん、やっぱりあーちゃん抜けて雰囲気悪くなってるらしい。そのこともあーちゃんを悩ませてるみたい」
元々葵を巡ってライバル関係にある二人だ。今まで三人部屋で暮らし続けていたほうが奇跡のようなものだと思う。特に都古は他人との接触を拒絶している。京介との部屋に戻らず、今も葵の部屋に留まり続けるのもそのせいだろう。
二人が協力体制を取ってくれればこの上なく頼もしいのだけれど、都古が変わらない限りは期待出来そうもない。
「みや君、あーちゃんに内緒でリレーの練習にも出てるんだってさ。あーちゃんに叱らせたほうがいいかな?」
「そうだな。ついでに動物病院に放り込みたいけど」
少し乱暴な物言いで返せば、ハンドルを握る冬耶は苦笑いを浮かべた。
都古が素直に治療を受けない理由は察しがつく。葵に気負わせないためにはそれしかないと思い込んでいるのだろう。
でも都古が若葉に怪我を負わされたことをきちんと訴えてくれさえすれば、若葉をまた謹慎処分に追い込むことも出来たかもしれないのだ。若葉に対して有効な手段だとは言い切れないが、それでも一時的に学園から追放させることが出来たらと考えてしまう。
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