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act.8月虹ワルツ<247>

ナビが目的地に近付いたことをアナウンスしたことで、自然と話題はこれから会う宮岡のことへと移り変わった。 「出来れば宮岡先生が握ってる情報っていうのも聞き出したいよな」 「うん、あの様子だとすんなり話してはくれなさそうだけど」 藤沢家の失脚を狙えるほどの“ゴシップの種”。それがエレナの死に関することだとは察しがついたと冬耶からは聞いているが、その具体的な内容までは辿り着けていない。 「あーちゃんの心の傷を抉るものではないって言ってたけど、何なんだろうな」 外来用の駐車場へとスムーズに車を進入させながら、冬耶は彼から授けられたヒントを反芻するように口にした。 病院の正面玄関には二人の到着を待ち侘びるかのように白衣姿の男性が一人佇んでいた。三十には届かないほどの年齢らしいが、健康な印象を与える短い黒髪や、少し日に焼けた肌がもう少し若々しい印象を与える。 「あれが宮岡先生?」 溌剌とした姿は、心療内科の医者として思い描いていた繊細そうな印象とは大きくかけ離れていた。遥の問いに答える代わりに、冬耶はこちらの存在を知らせるように手を振ってみせた。 「こんにちは。あぁ、“遥さん”は想像通りでした」 宮岡は柔らかな笑顔で二人を迎え入れながら、遥が葵から聞いていた通りの姿だと告げてきた。 「誰か想像と違う相手が居たんですか?」 「“みゃーちゃん”、ですかね」 それなりに警戒して対応しようとしていたのに、宮岡の回答に思わず笑わされてしまう。 確かに葵は都古を何より可愛い猫だと思っているが、実物は葵以外には愛想の欠片もない存在だ。呼び名の響きも宮岡をミスリードしてしまったらしい。 宮岡は院内のカフェで三人分のコーヒーを買うと、屋上へと案内してくれた。スティックシュガーを一掴み白衣のポケットに突っ込んだことから、噂通り甘党なのだと分かって、それすらも遥の笑いを誘う。 彼の所作一つ一つはまるで嫌味がなく、好感を抱かせる。葵が初対面から懐いたという話も、実際に宮岡に会うとすんなりと理解出来た。 雨は降っていないが、雲が多くロクに日差しが出ていないからだろうか。美しく手入れされた花壇が並んだ居心地のいい屋上には、誰の姿もなかった。 「カフェのテラスばかり人気で、ここは穴場なんです」 遥の心の内を読んだかのように、屋上は職員ぐらいしか訪れない場所だと教えられた。 四人掛けとはいえ、ガーデン用の簡素な丸テーブルをそれなりの体格の男性が三人で囲むと窮屈な感は否めない。きっと外野からは滑稽に見えるだろう。そんなことを思いながら、遥は宮岡から受け取ったシュガーを一つ、カップの中に注ぎ込む。

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