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act.8月虹ワルツ<249>
「奈央が断られてるのは添い寝?」
「いや、眠る前のお喋りもだと思う。けど、強引にでも踏み込ませようか」
いずれ葵を役員フロアに迎え入れることを想定して、隣室に奈央を配置した。葵は穏やかな人柄の彼を信頼しているし、出会った頃から全力で懐いている。共に過ごすことを望むと思っていたのに、この反応は想定外だった。
でももしかしたら奈央側がいまいち押し切れていないのではとも感じた。彼は葵に対して芽生えた感情を受け入れられずにいる。一ノ瀬が起こした件も、奈央にとっては相当ショックな出来事だったと思う。葵と向き合うことをどこかで恐れているのかもしれない。
「“奈央さん”も聞いたことがあります。生徒会の優しい先輩だって」
「ええ、一年の頃から面倒見させてるので、今の生徒会の中ではあーちゃんと一番付き合いの長い相手です」
奈央が居なければ、葵を一年のうちに生徒会に招き入れるという計画を躊躇っていたと思う。
奈央は遥たちの期待に応え、葵を後輩として何より可愛がってくれた。そのせいで奈央を深く悩ませる事態に陥らせてしまったことは申し訳なく感じているけれど。
「葵くんを愛してくれる人はこれだけ沢山居るのにね。与えられる愛情を受け入れていいんだって早く思えるようになってほしいです」
宮岡は白衣のポケットから一枚の紙を取り出してテーブルに広げた。そこには葵を中心に見知った名前が並べられている。カウンセリングの導入として、葵が好きだと感じる相手を羅列した図らしい。
産みの親の名前だけでなく、これを書いた時にはまだ出会って間もなかったはずの宮岡の名前が存在していることが遥の目を引いた。
「宮岡先生も葵ちゃんを愛してくれているんですか?」
葵の少し丸っこい筆跡で書かれた宮岡の名をなぞりながら、遥は今日彼に確認したかったことの一つを口にした。
思いがけない問いだったのか宮岡は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに温かな笑みを浮かべる。
「そうですね、とても特別な存在です。遠くから成長を見守ってきたので、保護者のような気持ちを抱いているというのが表現としては正しいと思います」
遥の懸念を察した上で、宮岡はそれをやんわりと否定するような回答をした。その言葉を疑うわけではないが、やはり釈然としないのだ。
「先生にとって葵ちゃんは同級生が仕えていた相手。つまりは直接的な接点のない他人ですよね。藤沢家を敵に回す危険を冒すほどの存在になりうるのかが気になっています」
冬耶が言い過ぎだと嗜めたがる視線を送ってきたが、下手な隠し立てはせず、遥は己が抱いている疑問を真っ直ぐにぶつける。今までは何事にも迷いなく答えていた宮岡が、初めて戸惑う様子を見せた。
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