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act.8月虹ワルツ<250>

少しの沈黙の後、宮岡は言葉を選びながら遥の疑問に向き合った。 「初めはただアキに頼られたのが嬉しかったという感情しかなかったように思います。色々と謎の多い同級生でしたから」 穂高は学生でありながら葵の世話を焼くだけでなく、藤沢家の管理も担っていたという。その苦労がどれほどのものだったかは想像に難くない。 「今振り返ると、当時アキへの下心がなかったといえば嘘になりますね」 「……あぁ、なるほど。そちらでしたか」 宮岡の表情から嘘や誤魔化しの匂いは感じ取れなかった。好意ゆえに、穂高が最も大事にする相手へも親切を働くというのは理解出来る。 遥が西名家や葵と交流し始めたのは、すでに穂高が馨と共にアメリカに旅立った後だった。だから穂高に関しての情報は、冬耶から伝え聞いたものしかない。宮岡の対象が葵以外に浮かばなかったのはそのせいだろう。 「“当時”だけですか?」 「おい、はるちゃん、さすがに突っ込み過ぎ。すみません、先生」 「いえ、構いませんよ。ただ正直なところ、どう答えたらいいものか難しいですね」 いつもは突っ走りがちな冬耶を諌めるのが遥の役目だったが、今日はその立場が逆転していた。でも宮岡は気を悪くするどころか、たっぷりと砂糖を投入したコーヒーで喉を潤したあと言葉を続ける。 「愛想はないし、毒舌だし、仕事中毒だし、お坊ちゃま命だし。どこに惹かれたんでしょうね」 宮岡は悪口とも取れる穂高の特徴を並べ立てた。でもその口ぶりには確かな愛情が感じ取れる。 「アキがそれほど愛情を注ぐ相手がどんな子なのか。葵くんに対して最初はそんな好奇心のような感情がありました。でも遠くで見守るうちに、そしてその様子を伝えた時のアキの反応に触れるたび、二人には誰よりも幸せになってほしいと、そう思うようになりました」 宮岡自身の目的は、穂高に関する記憶を葵に取り戻させること。そして二人の再会を実現することだと聞いた。そのためならいくらでも手を貸すつもりだという宮岡の言葉をこれ以上疑う必要はないだろう。 「このままだとアキも私も拗らせた三十路になっちゃうので、早いとこ区切りが付けられるといいんですけど」 最後にこうして茶化すように笑わせてくるところが、彼が自分たちよりも圧倒的に大人であると思わせる。 「個人的にはアキに報われてほしいなと思っていますので、お二人とはある意味ライバルになるかもしれませんね」 不躾な質問を繰り返した遥にこうしてチクリと反撃してくるところも余裕を感じさせる。

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