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act.8月虹ワルツ<251>
「秋吉さんは葵ちゃんをそういう意味で好きなんですか?主従関係の延長だと思っていましたけど」
「まぁ彼には自覚がないでしょうけど、葵くんの他に愛する相手を見つけられないと思いますよ」
それは宮岡自身も含め、ということなのだろう。彼はとっくに失恋をしている。その上でなお、穂高への協力を惜しまないとは。警戒心を持って接していた相手なのに、報われぬ思いを断ち切るきっかけを見失っている宮岡に同情したくなってくる。
「あぁ、すみません。そろそろ午後の診察が始まるので。私への疑問は解決しました?」
チラリと腕時計で時刻を確認した宮岡は、遥に確認を取りながらもゆっくり椅子から腰を上げようとする。
「はい、でも最後にもう一つだけ」
それを押し留めて、遥は彼に例の質問を投げかけた。
「藤沢家のゴシップ、それを俺たちに話す時期や条件が定まっていれば教えてください」
宮岡が悪意を持って隠しているとは思わない。彼と直接会話をしてみて、それは確信が持てた。だが、だからといって彼だけが大事な情報を握っている状態を見過ごすわけにはいかない。
「まだ私自身も確証が持てていないんです」
「それを調べる手助けは俺たちにも出来ると思いますが」
宮岡からすれば高校を卒業したばかりの子供二人かもしれない。けれど、宮岡の手足になることぐらいは出来る。どんな形ででも関わりを持っていたかった。
けれど宮岡は遥の申し出に首を横に振って答えた。
「禁忌に触れた場合、何が起こるか分かりません。消されるのは私一人で十分です」
そう言い残して宮岡は今度こそ屋上の扉へと向かってしまった。彼は穂高の依頼を受け入れた時、すでに最悪の事態が自分の身に降りかかることも覚悟したのだろう。
「もうはるちゃん、ひやひやさせないでよ」
緊迫した空気を取り払うためだろう。冬耶が明るい声音で小突いてくる。でも彼だって、宮岡の口ぶりで事の重大さを十分に理解させられたはずだ。
「冬耶は先生の話で何か感じた?」
「何かって、まぁ穂高くんへの好意はなんとなく察してたし、それほど驚くようなことはなかったけど」
冬耶はあっさりと言い返してくるが、そういうことを確認したかったわけではない。宮岡の姿勢がどことなく冬耶に似ているように感じたから、本人に確かめてみたかったのだ。
「好きな相手がいるくせに、戦線離脱して傍観者に徹しようとしてる。冬耶に似てると思わない?」
「……またその話?なんでもかんでも結びつけないでよ、全く」
飽き飽きした顔で冬耶はテーブルに突っ伏した。その話はしたくないという拒絶のサインだ。
「葵ちゃんにとって秋吉さんって大きな存在なんだよね?宮岡先生の協力で、二人がくっつく可能性考えてみて。どう?」
「あーちゃんが望むなら構わないし、穂高くんなら文句ない。それが答え。はい、終わり」
冬耶は伏せたまま捲し立てて一方的に会話を終わらせようとする。完全に拗ねてしまったようだ。こんな姿が見られるのも、遥の特権だ。
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