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act.8月虹ワルツ<252>

「俺は冬耶にもちゃんと自分の幸せを考えてほしいだけ。人のことばっか気にしてるんだからさ」 宥めるようにシルバーに染められた彼の髪に触れる。 どこに行くにも目立つ髪や瞳の色を気にする葵のために、彼はこうして派手な身なりを選ぶようになった。ピアスの数も日に日に増えていく。長身もあいまって、その作戦は随分うまくいっているように思う。葵と並んでも、まず誰もが冬耶にばかり目がいくはずだ。 彼は生徒会役員に就任したり、学力を競うテストに学園代表として挑んだりと、学園に全面的に協力することで葵を守りやすい環境を整えることにも尽力していた。その苦労は傍にいた遥が誰よりも理解しているつもりだ。 それに冬耶が手を差し伸べるのは葵だけではない。父親譲りのお人好し気質を発揮して、誰彼構わず困っている人を助けようとしてしまう。それが葵の周囲の人間なら尚更だ。 彼自身がそれで不幸になっているとは思わない。でも、もう少し自分本位に生きてほしいとも思うのだ。これほど自由に見えて、不自由な人間を他に知らない。 「それさ、遥が俺のこと純粋に応援して言ってくれてるんなら理解出来るよ?宮岡先生が穂高くんを応援してるみたいにさ」 冬耶は髪を撫でる遥の手を受け入れながらも、まだ拗ねた口調を取り払わない。 「でも俺のことけしかけて、そのうえで俺とあーちゃんを取り合いたいわけでしょ?趣味悪いって」 「だって、このまま俺が葵ちゃん貰ったら冬耶が後悔するのが目に見えてるし」 冬耶の性格から考えて、表面上は決してそんな素振りは見せないだろう。でも一人静かに過去を振り返っては悔やむ姿が容易に想像できる。 「遥はどうなの?もしも俺があーちゃんとどうにかなっちゃったら、けしかけるんじゃなかったって思わない自信でもあるの?」 「うーん、冬耶だったら割って入れるかなって思うし」 「……ん?なにそれ、どういうこと?」 ここでようやく冬耶が顔を上げた。その目は遥をあからさまに訝しむ色に満ちている。 「だから俺は冬耶なら別にいいかなって。三人で付き合うっていうのも。他の誰かなら想像つかないけど、冬耶なら現状の延長だろうなって分かるしさ」 「待て待て、今あーちゃんと俺がっていう話をしてるんだけど。なんで普通に入ってきてんの?」 なぜと言われても、遥はあくまでそんな未来があってもいいという可能性の話をしているだけだ。 「もしかして、自分の勝率上げるために俺のこと巻き込もうとしてる?」 「そんなつもりはなかったけど。言われてみれば確かに俺たちで動いたら負ける気しないな」 冬耶の発言を素直に受け止めれば、彼は頭を抱えてしまった。 まるっきり冗談というつもりでもない。葵が望みさえすれば、遥には拒む理由がないし、冬耶だって恐らくはそう。京介と都古の組み合わせとは違い、二人で張り合ったり、いがみ合ったりすることもないだろう。一般的な形ではないが、それなりに健やかな関係が築けると思う。 「まぁ、独り占めはしたいけどね。今まで散々譲歩してるわけだし」 葵の精神的な成長のために、積極的に周りと関わらせてきた。そのたびに葵に思いを寄せる人物が増えていくことを心から喜べたわけではない。キスやそれ以上の行為に及ばれているなら尚更だ。

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