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act.8月虹ワルツ<253>
「なぁ、はるちゃん。色んな揺さぶり方試さないでよ。今はそれどころじゃないんだって」
「参考までに聞くけど、今の所どの揺さぶりが効いてる?」
「……あのなぁ、本当に怒るぞ」
力は加減されているが、冬耶からは強めに肩を殴られる。痛みは感じるけれど、彼の反応から察するにどの攻撃もそれなりに効き目があったように思えて、つい笑みが溢れてしまう。でもこれ以上苛めると彼を本気で落ち込ませてしまいそうだ。
「そろそろ大学戻んなくていいの?」
「戻る。けど、遥は乗せてってやんない」
彼なりの最大限の仕返しなのだろう。でも全くダメージはない。
「それは残念。じゃあ散歩しながら帰ろっかな」
「ちっとも残念そうじゃないじゃん」
口先だけの言葉はすぐにバレる。微笑み返せば、もう一発小突かれた。
「どうする?あとで寮に顔出す?」
駐車場での別れ際にこの先の予定を確認すると、冬耶は少し迷う素振りを見せた。葵の様子は心配だが、タイミングを間違うとより一層頑なな態度を取らせることになってしまう。
「んー、ひとまずはなっち送りこもう。それでダメなら会いに行くか」
「了解」
冬耶の意見に異議はなかった。
葵には物理的な距離があいても寂しさを埋める方法を見つけ出してほしい。そのためのヒントはいくらでも与えてやるが、葵自身が辿り着かなくては解決には至らない。
「あぁ、そうだ。今度うちにも顔出してよ。父さんたちが遥に会いたがってるから」
車を出す前に冬耶は窓から身を乗り出してそんな誘いを掛けてきた。
西名家の両親は遥を家族の一員のように可愛がってくれている。商売をしている関係上、なかなか気軽に休みを取れない譲二に代わって、色々な場所へ連れて行ってもくれた。
葵と過ごすために何度も泊まりに行った西名家は、実家よりもある意味愛着のある場所かもしれない。
「うん、今度行く。二人は大丈夫そう?」
葵を我が子として心からの愛情を注ぐ二人にとって、ここ最近立て続いた出来事に神経をすり減らしていることは予想がつく。優しく逞しい印象の強い二人だが、その反面、繊細な一面を持ち合わせていることも知っていた。特に紗耶香のほうが心配だ。
「大丈夫ではないと思う。でも俺にはそういう姿、なかなか見せてくれないから。もう子供じゃないっていうのにな」
陽平や紗耶香は息子たち相手には強い親の姿を保とうとしているらしい。その気質を冬耶がそっくりそのまま受け継いでいるのだと、本人は自覚しているのだろうか。
寂しげに笑う冬耶に、遥は心の中で問いかける。彼の捌け口には遥がなってやっているつもりだが、常に寄り添えるわけではない。
ただからかっているだけだと思われているかもしれないが、冬耶が葵の兄という立場に固執している状況を改善したいと思うがゆえのこと。椿が現れてからその思いが一層強くなった。
もしも葵が椿を兄として慕い始めたら、冬耶は生き甲斐を失うことになる。でも彼はきっと笑顔で葵を送り出そうとしてしまうだろう。だからその前に違う生き方も視野に入れてほしいのだ。
葵の幸せが最優先だと豪語する親友が、自分の幸せにも目を向けられるように。
冬耶は鬱陶しがるだろうが、滞在中にもう少し冬耶との会話を重ねてみよう。赤い車がどんどん小さくなるのを見届けた遥はゆっくりと歩き始めた。
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