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act.8月虹ワルツ<254>

* * * * * * 「じゃあ二時間後、ここ集合で」 「「りょーかい」」 観光地のメインストリートの中でも一際目立つ時計台。その真下で小太郎がそう告げると、てっきり一緒に行動するかと思われた双子は二手に分かれていった。 オリエン二日目の午後は親睦を深めるという名目で自由な時間が与えられていた。点在する美術館や博物館を巡るも良いし、ガラス細工の製作体験が出来る工房に向かうグループもいる。 小太郎は少し足を伸ばしたところにあるアスレチック施設に興味があったけれど、昨日職業柄日焼けは避けたいと聞いたばかり。相談した結果、昼食後はこうして各自土産物を探す時間にあてることにしたのだ。 「えーっと、母ちゃんはジャムで、父ちゃんは酒のつまみになるものでしょ。んで、先輩たちは……」 事前に募っていたリクエストは携帯のメモ機能に保存してある。このあたりのマップと照らし合わせながら、どのルートで店を回ろうかと思案し始めた時だった。 「あの、すみません。ちょっといいですか?」 不意に声を掛けられて顔を上げると、そこには大学生ほどの年齢の三人組がいた。彼女たちもどこかから観光で来たのだろう。手にしたガイドブックで簡単に予測が付けられる。 「俺、この辺の人間じゃないんでよく分かんないと思うんですけど、でも地図あるんで一緒に探しますよ」 街に出るとよく道を聞かれる。今回もきっとそうだろうとあたりを付けて申し出ると、彼女たちは一瞬面食らった顔をしたあと笑い出した。男子校で生活していると、高く柔らかい笑い声は耳馴染みがなく、不思議な気分にさせられる。 「ううん、そうじゃなくて。もしかして東京から来たのかなって」 「え、あぁはい、そうっすけど」 どうして彼女たちに分かったのだろう。小太郎自身の出身地は東京よりもずっと西にある県で、たまにイントネーションがおかしいと友人から指摘されるほど、まだ染まりきれていない。それに、見た目だって今朝双子に髪をセットしてもらったものの、量販店で買ったTシャツとデニムなんて冴えない格好だ。 身元の分かる制服を着ていたり、双子のように垢抜けた容姿をしていたりすれば彼女たちが確信を持って尋ねてくるのも理解は出来るのだけれど。 「やっぱり。高校生だよね?学校の行事で来てるの?」 「はい。あの、どこかで会ったりしました?」 なぜ彼女たちが小太郎の素性を知りたがるのかが全く分からない。けれど、この程度の質問を頑なに拒む理由もない。素直に答えながらも、彼女たちと面識がある可能性に賭けて確かめてみる。でも軽く首を横に振られただけで追及はやまない。 「身長高いね。何かスポーツやってるの?」 「野球やってますけど」 「へぇ、だからこんなに日に焼けてるんだ」 キラキラと光る爪が、小太郎の腕をちょんと突いてくる。ただ道を聞かれただけだと思って向き合った時には何も感じなかったのに、こうして触れられると途端に相手が女性であることを意識させられる。 近くをたまたま通った友人たちが、“小太郎がナンパされてる”なんて笑いながら茶化してくるから余計だ。これは本当にナンパなのだろうか。

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