1356 / 1393

act.8月虹ワルツ<255>

野球にしか興味がないと思われているが、小太郎だって人並みに女の子への興味はある。対戦相手の学校のマネージャーや応援にやってきている女生徒を羨ましく感じるし、かっこよく見られたいなんて願望だって少なからず持ち合わせている。 だから小太郎よりもずっと知識が豊富そうな双子にアドバイスを求めたのだ。 「試合とかあるの?」 「あ、今度見に行きたい。連絡先教えてよ」 「え、いや……あの」 年上のお姉さんたちとの出会いが嬉しくないわけではない。ふわふわの茶髪も、艶のある唇も、くるんと上がった睫毛も、可愛いとは思う。部活一筋の自分にこんな出会いが訪れるチャンスなんて滅多にないかもしれない。でもこうして三人がかりで囲まれ、どんどん話を進められると困惑する気持ちのほうが強く感じられる。 でもメッセージアプリの画面を起動して迫ってくる女性たちを拒む言葉は口に出来ない。手にしていた携帯を開いて渡すと、あっという間に女性三人の連絡先が登録されてしまった。 あとで連絡する、なんて言葉と共に笑顔で手を振って去っていく三人組はまるで嵐のようだった。小太郎よりずっと小柄で華奢な女性でも、ああして束になると有無を言わさぬ強さを持つのだと思い知らされる。 「……なんだったんだろ、マジで」 買うものが沢山あるというのに、妙なことに時間を潰されてしまった。小太郎は気を取り直して一番近くにある店に向かおうとするが、そこでこちらをジッと見つめている視線に気が付く。 目深に被った帽子と伊達眼鏡で表情は読みづらいが、さっきまで一緒にいたのだから誰か、なんてすぐに分かる。目印のメッシュが見えなくとも、白いスニーカーを履いているということは兄である聖のほうだろう。 「何してんの?まだ買い物行ってなかったんだ」 小太郎は別れた場所からほとんど動いていない。それなのにどうして聖がここに居るのかが不思議だった。小太郎と同じようにどの店に行くのかを悩んでいたのだろうか。 「お前がナンパされてるって聞いて、嫌な予感したから」 「嫌な予感?」 どうやらさっき小太郎を茶化してきた友人たちはすでにあちこちで触れ回っているらしい。聖の耳に入ったことを知って気まずさを感じるが、それよりも彼が少し棘のある声を出してくるのが気に掛かる。 「俺らのことダシにして女引っ掛けた?それとも、あっちがお前のこと利用しようとしたのか、どっち?返答によっちゃ許さないけど」 「え、どっちって?なんのこと?」 「さっきの女、同じ店に居た奴らじゃん。後つけてきたんだろ」 ランチの店には女性客が多く居たが、小太郎はその中に彼女たちが居ただなんて全く気が付いていなかった。でも聖がそう言うのなら間違い無いのだろう。 「よく見てるな。全然分かんなかった。どの辺座ってた?」 両隣のテーブルに座っていたのは小さな子供連れと、少し年配の女性グループ。そのぐらいは覚えているが、ログハウス風の店内は広く、隣接した位置の客しか記憶にない。 確かめるために問いかけると、聖は呆れたように大きく息を吐き出した。と同時に眉間に寄っていた皺も緩和される。

ともだちにシェアしよう!