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act.8月虹ワルツ<257>
「はぁ、モテ期が来たかもってちょっとでも考えた自分が恥ずかしい」
「浮かれちゃった?」
「そりゃ、いきなり可愛いお姉さんに声かけられたら、さ」
素直に打ち明けると、波琉は白い歯を見せるような笑い方で面白がってきた。
波琉はサーフィンを通じて女性とも交流が多いほうだと聞く。エキゾチックな顔立ちも海で焼けた肌も、同性の目から見ても波琉の魅力を際立たせているように思う。おそらく女性にモテる部類に入るはずだ。
サーフィン以外のプライベートな話はあまりしてくれないけれど、それなりに経験も重ねているらしいことは会話の端々から感じ取れる。子供っぽい無邪気な笑い方のわりに、妙に色気があるのもそのせいだろう。だから小太郎の悩みなど、波琉にとっては他愛のないことなのかもしれない。
「この髪型も、モテ期呼び寄せるためにやったの?似合ってんじゃん」
「これは朝聖と爽にやってもらった」
「なんだ、それなりに仲良くやってんだ?昨日の様子見てどんなもんか気になってたけどさ」
少しずつ打ち解けてこれたとは思うが、波琉の目にはまだぎこちない関係に映ったのだろう。その感覚は間違ってはいない。笑顔を見せてくれるようにもなったし、お喋りにも乗っかってくれるようにはなった。けれど、まだ彼らは本当の意味で小太郎を信頼してくれてはいないと思えてしまう。
「そもそも、なんで二人とグループ組んだの?いつも違う奴らとつるんでなかった?」
「二人と一緒のグループになってほしいって藤沢さんにお願いされた」
「……へぇ?なんでコタローに?藤沢さんと付き合いあったの?」
「ううん、藤沢さんとはそれまで喋ったことない」
そう言われてみれば、なぜ葵が自分を選んだのかはよく分からないままだ。たまたま目に入っただけかもしれないが、葵は小太郎を野球部の生徒であることは認識していた。意図的に選ばれたような気がする。
「絹川がリクエストしたとか?」
「いや、それはないと思う」
葵が小太郎を選んだことに対して一番驚いていたのは彼らだ。あからさまに戸惑う様子を見せていた。
「藤沢さんに聞いてみようかな」
波琉に向けてではなく、小太郎は自分の携帯を見下ろしてただ呟くように告げる。
昨日連絡先を交換してから、葵とは何度かやりとりを繰り返していた。ランチの時に三人で撮った写真も送っている。それに対して、二人と仲良くしてくれて嬉しいという感謝と、いつもと雰囲気の違う小太郎に気が付いて髪型に反応してくれるコメントが返ってきていた。
お世辞とは分かっていても“カッコいい”なんて言われて馬鹿みたいに胸を高鳴らせしまった。
「連絡先知ってんだ?」
「昨日交換した。二人の様子教えてほしいからって」
「過保護だね。あの人、そういう感じなんだ?ちょっと意外」
面倒見られる側だと思っていた。波琉が何気なく発した言葉に、確かにと思わされる。
学年は違うけれど、あらゆる意味で目立つ存在の葵のことは中等部時代から認識していた。冬耶や遥といった先輩たちに可愛がられている姿や、幼馴染だという京介に抱きかかえられている姿を何度も目にしたことがある。
だから後輩である聖や爽の面倒を見る姿が新鮮に思えるのも無理はない。真っ直ぐで一生懸命な姿は余裕があるとは言えないけれど、それほど愛されている双子が少し羨ましいだなんて感じてしまう。小太郎が野球部や委員会の先輩たちと結ぶ関係とはまるで違うからだ。
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