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act.8月虹ワルツ<258>

「じゃあ俺も面倒見てもらおっかな、藤沢さんに」 似たようなことを考えていたのだろうか。近くを飛び交う鳥に視線を奪われながら、波琉は大胆なことを口にした。 小太郎が知る限り、波琉は葵とは全く接点がないはずだ。聖や爽と親しくなったと話せば葵は波琉のことも気に掛けてはくるだろうが、面倒を見てもらうような関係を築くまでに至るだろうか。 「その様子だと絹川は何も言ってないんだな。まぁそのうちどっかで聞くだろうし、コタローには先に言っとく。俺、役員に立候補したから」 「……えっ!?モモちゃんが?」 だから葵に面倒を見てもらうつもりなのか、と納得しかけたが、意外な方向に話が進んで処理が追いつかない。 親から成績を維持することを命じられているのは知っている。だから波琉は常に学年の中でも上位に入る成績をおさめていた。小太郎は何度もその恩恵に預かってきたのだ。 でも波琉が役員への興味を示しているなんて知らなかった。中等部の頃に当時の生徒会長から声が掛かったとは聞いたことがあるが、繁忙期は休日も潰れると知ってきっぱり断っていたぐらいだ。まさか自分から立候補するとは。 「高校も桐宮に通いたいなら、寮費と食費、自分で払えってさ」 「マジで?え、大丈夫?」 「カラオケでバイト始めたけど、正直しんどい。高校の入寮費払って貯金もなくなったし。今マジで金ない。つーか、時間がない」 嘆く姿で、彼が自由行動中に一人彷徨いていた理由が金銭的なものなのかもしれないと思い当たる。 平日の放課後に働くだけでは足りず、本来サーフィンに当てるつもりだった週末すら働かざるをえない状況が波琉を苦しめているらしい。だから学園生活に関わる費用面で特権の多い役員に立候補したのだと聞いて合点がいった。 「一学期中に役員になれなかったら、やばいかも」 「やばいってどうなるの?」 「金払えなくて退学になるんじゃない?で、実家に強制連行」 波琉は海沿いの街出身だと聞いたことがある。でも海に近い場所に戻ったところで、波琉が自由にサーフィンを楽しむことは許されないのだと思う。だから彼は必死に抵抗しようとしているのだろう。 「俺に出来ることあったら何でもするから」 「大丈夫だって。コタローが貧乏なの知ってるし。他に甘えられる人探すよ」 「他って……」 真っ先に思いつくのはさっき波琉が口にした葵の存在だ。人の良い葵が波琉の話を聞けばきっと何とかしてやろうと思うはずだ。友人として波琉に手を差し伸べたいのは本心だが、そのために葵が利用されるのは複雑な気持ちにさせられる。たとえ役員である葵が金銭的に優遇されている立場であっても、だ。 「それって藤沢さんにお金目当てで近づくって意味?」 「人聞き悪い事言うなよ。仲良くなって俺も面倒見てもらうんなら問題ないだろ。絹川みたいにさ」 「二人はそういう可愛がられ方されてるわけじゃないと思うよ」 ランチのあいだ、葵にどんな土産を買って帰るかを楽しそうに相談しあっていたし、二人とも葵に何かをしてあげたくて仕方ない風に見えた。波琉が思う関係とは違うと言い返せば、彼は冗談だと笑って受け流した。 でも波琉は昔から年上のサーフィン仲間にお下がりのボードを譲ってもらったり、海まで車で送り迎えをしてもらったりと、上手に甘えてきたタイプだ。友人相手にはあまり弱みを見せたがらないくせに、年上相手には不思議と遠慮がなくなるようだ。

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