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act.8月虹ワルツ<263>
* * * * * *
濡れた髪をタオルで拭うのをそこそこに、葵は逃げ込むようにベッドに向かった。遥との思い出がそこかしこで感じられる部屋とはいえ、一人で過ごすには広すぎる。
枕に凭れながら大人しく葵の帰りを待つ二匹の友人を抱き締めると、心は少しだけ落ち着きを取り戻す。だが今度は人の温もりが恋しくなる。
せめて誰かと繋がっているのだと確かめたくて携帯を開くと、風呂から上がったという報告が都古からちょうど届いたところだった。何もかもを億劫がる都古のためにと生活のリズムを合わせることを提案したものの、今となってはこうして都古が葵と足並みを揃えて暮らしてくれることが支えになっていた。
葵は都古におやすみの挨拶を送ってから、まだ確認出来ていなかったメッセージを開いていく。
聖や爽は無事にオリエンテーションを楽しめているらしい。昼に小太郎との写真がそれぞれから送られてきて葵を安心させた。
ほとんど直感で声を掛けてしまったけれど、葵自身が小太郎と面識があったわけではない。ただ野球部の中でひときわ楽しそうに練習している姿が印象的だったというだけ。双子との相性を深く考慮してはいなかった。でも小太郎は思った通りの明るい人柄で、聖と爽を引っ張ってくれているらしい。
小太郎からは“今夜は朝までトランプで遊びます”なんて元気な宣言が送られてきていた。双子が初めはつまらなそうな顔で付き合いながらも、次第にムキになって勝負を楽しむ姿が目に浮かぶ。クールな見た目に反して負けず嫌いな性格をしているからだ。
この行事を通して友達の輪を広げるまでには至っていないようだが、少なくとも小太郎とは親密になれたようだ。
「百井くんはどんな子なんだろうな」
唐突に現れた一年生。今のところ、成績が優秀で、葵と同じく奨学金の制度を受けているというぐらいしか情報がない。もう少し彼の人となりを知りたいと思う。
もしも彼が希望通り役員になったら、同じフロアに住むことになる。それは聖や爽も同じだ。きっと一気に賑やかになるだろう。
少し未来の光景を想像しながら、葵は自然に訪れてきた眠気に身を任せるためにクマに抱きつく体勢を少し変えてみる。すると足元でカサリと乾いた音がした。
つま先が弾いたのは、櫻から貰った一通の封筒。眠る前に中身を確認しようとベッドに置いていたのだ。部屋に帰るなりすぐに開いてしまいたくなったけれど、どこかで不安が胸をくすぶり、先延ばしにしていた。
「大丈夫、櫻先輩がくれたものだから」
頭の片隅では歓迎会前に届いた封筒の存在がチラついてしまう。でも櫻があの男と繋がっているわけがないし、何より葵を怖がらせるようなことをするはずがない。
自分に言い聞かせた葵はベッドの上で姿勢を正し、今一度それに向き合う。深い夜空の色をした美しい封筒には、光沢のある白いリボンが十字に掛けられている。その片端を手に取りゆっくりと引っ張っていく。滑らかな感触と共にあっという間にリボンは解けていった。
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