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act.8月虹ワルツ<267>
爽が席を立つと、聖がチラリと視線を投げてきた。あれだけ意気揚々と遊んでいたというのに、小太郎と二人きりになるのは気まずいらしい。内弁慶な気質は爽も同じだから気持ちは分からないでもない。
それに、昼間聖が遭遇したという場面もこうした態度の原因の一つになっているだろう。
短い付き合いの中でも、小太郎が小賢しい真似の出来る人間でないことぐらいは分かる。でも昨日のやりとりで、彼が異性からの目を気にして身なりを整えたがっていることを知った。だから女性と会話している小太郎を見て、中学時代集ってきた人たちと重ねてしまったらしい。
聖はその話を共有してきたうえで、爽がどう感じるかを尋ねてきた。現場を目撃したわけではないから判断が難しくはあるが、小太郎が一方的に声を掛けられただけだと思う。そう伝えると、彼は“だよな”と返してきた。聖もその可能性を信じていたようだ。
だからこちらではもう解決しているというのに、あのあと合流した小太郎はやけにそわそわと聖の様子を窺うような態度を見せた。彼の中では未消化となっているらしい。
席を外したのには、そのあいだ二人で話せばいいという意図もあった。爽がシャワーを浴びている最中、聖は小太郎からの接触を拒むようにイヤホンをしてしまったからおそらくそれらしい会話は出来ていないはず。
「お兄ちゃん思いだよなぁ、俺って」
自販機のある一階に向かいながら、爽はあの部屋が今頃どんな雰囲気になっているかを想像する。小太郎と距離を置こうとしていた聖がどう変わっていくのだろう。
いつも二人きりで過ごしていたから、この行事中はずっと違和感が付き纏っていた。小太郎は明らかな異物だったけれど、不思議と不快さはない。それは彼が積極的に歩み寄ってくるわりに引き際を心得ているおかげだろう。
聖と共に好きな人にアプローチをかけることや、ライバルたちと交流することも初めての経験だったが、クラスメイトとこんな風に距離を縮めることだってなかった。変わるのは聖だけではない。きっと爽も変わっていくのだと思う。
「竹内が炭酸で、聖がルイボスティーだっけ」
自販機の前に辿り着いた爽は、二人からのリクエストを思い出しながら千円札を滑り込ませていく。
小太郎がわざわざこの夜のために寮から持ってきたというスナック菓子は、美味しくはあったけれど脂っこさは拭えない。甘い炭酸飲料よりも、カフェインレスのお茶を選ぶ聖の気持ちに共感出来る。
聖と同じものを選び釣りを受け取った爽は真っ直ぐに部屋には戻らず、人気のないロビーで少し時間を潰すことに決めた。今帰っても二人の話が終わっているかどうか、微妙なところだろう。
中途半端なタイミングで顔を出すよりも、焦れた聖から連絡が来るのを待つぐらいが丁度いいかもしれない。
ロビーに並んだソファの一つに腰を下ろし、ポケットに突っ込んでいた携帯を取り出す。特にこれといった通知は来ていない。
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