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act.8月虹ワルツ<271>

帰りが遅くなった理由を二人から尋ねられ、爽は伊吹と出会ったことを伝えた。聖も昨夜のうちに伊吹のことは聞かされていたらしい。ダンスをしていたと言ってもさほど驚かなかったところを見ると、聖にはその情報が伝わっていたようだ。 「伊吹、いい奴だっただろ」 そういって笑いかけてくる小太郎からは友人への信頼や誇りが窺える。 「……まぁ、やな奴ではなかった、かな」 言葉の端々から自信が感じられるが、嫌味だとは思わなかった。それは彼の態度に陰鬱な部分が全く見えないからだろう。 それに伊吹は葵にアプローチしたことも、生徒会役員と親しくしていることも、何とも思っていない風だった。小太郎が特殊だと思っていたが、他にもそんな相手が存在した事実が爽を喜ばせた。 役員入りを目指すためには選挙で票を得なければならない。それが双子にとっては何よりの障害だったからだ。学園の大半はまだ双子への反感を取り払っていないだろうし、味方になってくれそうな存在として可能性がある同級生は小太郎の他に伊吹が浮上しただけ。 どのような形式で選挙が行われるかまだ分からないが、波琉が対抗馬になることは間違いない。彼も友達が多いタイプではなさそうではあるものの、双子のほうが圧倒的に不利ではある。 だからこそ着実に味方を増やす必要がある。そう思ったから伊吹との突然の出会いを受け入れようとしたのに、問題は他にもあった。 「もう寝る。おやすみ」 急に聖がむくれてベッドに向かってしまった。昨日のランチでも小太郎や波琉と会話する爽を見て妙なヤキモチを焼いていたようだし、伊吹と話したという報告が気に入らなかったのだろう。 葵という存在が出来てもやはり爽への執着も特別なものらしい。爽だって、聖が見知らぬ誰かと親しくしていたら何かを感じるとは思う。でも聖のようにあからさまに拗ねることはしないはずだ。こんな時、本当は彼が弟で、自分が兄なのではないかと疑いたくなる。 ひとまずは放っておくしかないか。そう思って諦めた爽とは違い、小太郎はあろうことか丸く膨らむ布団にダイブしに行った。 「朝までトランプするって言ったじゃん!ほら、やろうぜ!」 「馬鹿犬、重い、うざい」 「じゃあ俺が不戦勝でもいい?」 「は?なんでそうなんの?つーか、マジで降りろって」 二段ベッドが軋んだ音を立てるほど、懐く大型犬を引き剥がそうとする聖と、振り払おうとする手すらじゃれあいと認識する小太郎の戦いは激しいものになる。 いつもは空気を読める小太郎がここまで踏み込んだコミュニケーションを取りに行くとは思わなかった。止めなくては絶対にブチ切れる。慌てて小太郎を押さえに行こうとするが、なぜか爽のほうにブンッと音が鳴るほどの勢いで枕が飛んできて足止めを喰らう。 「ポーカーじゃなくて、枕投げにしよう。やっぱこれが旅の醍醐味っしょ。これなら負ける気しないし」 枕を投げてきた犯人は聖を相手にするだけでは飽き足らず、爽も巻き込もうとしてくる。でも小太郎の宣戦布告に、双子の負けず嫌いのスイッチがオンになった。 「言ったな、竹内」 「ジュース代どころじゃ済まさないから」 「望むところだ」 互いに好戦的な台詞を口にしながらも、倒れたらまずいものは冷静に端に寄せ、クッションや枕など武器になるものを集めているこの状況そのものがおかしくて、笑いが込み上げてくる。それは聖も小太郎も同じだったらしい。 さっきまで何を不安がっていたのかも分からなくなるほど馬鹿馬鹿しい勝負。でも悪くない過ごし方だ。 帰ったら改めて葵に感謝を伝えよう。 夜通し枕投げをしたなんて報告したら真面目な葵は可愛い顔をしかめるかもしれないけれど。きっと笑って許してくれるに違いない。

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