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act.8月虹ワルツ<280>
* * * * * *
全身を柔らかく撫でる風の感覚。心地良いというよりも、心許なさを感じて目覚めた葵は、まず自分の瞼がいつもよりずっと重たいことに気が付く。
眠気に負けているわけではなく、泣きじゃくった翌日は決まってこうなる。物理的に腫れてしまっているのだろう。そんなことよりも、と葵はベッドに手をついて体を起こした。
「……どうして?」
かろうじてパジャマの上着は羽織っていたが、下半身は下着すら身につけていない状態。布団も掛けていないからあれほど風の感触がダイレクトに伝わってきたのだ。理解は出来ても、この状況が何なのかがさっぱり分からない。
バルコニーで眠りについたことまでは覚えている。でも連れ添ったはずのぬいぐるみやブランケットは室内に引き入れられているし、自分はベッドの上に移動していた。おまけに服まで脱いでいる。それに、シーツの上には中身がほとんど残っていない日焼け止めのクリームがキャップのない状態で転がっていた。尻や太ももに残るべたつきはこのクリームのせいなのか。
家族からは、葵が寝ぼけた状態でベッドを抜け出ようとしたことがあるとは聞いていた。だから室内に移動したところまでは可能性を感じるが、それ以外の行為はさすがに自分がやったとは思えない。
でも部屋には当然、誰の姿もない。開け放たれたままの窓からやって来そうな人物は都古ぐらいしか浮かばないけれど、彼なら葵をこんな状態で放置して消えてしまうわけがない。それならやはり犯人は自分しか有り得ないのだろうか。
困惑したまま視線を投げた時計は、もうそろそろ先輩たちが葵を起こしにやってくる時刻を示していた。早く制服を身に付けて仕度を済まさなければならないのは分かっているが、べたついた体をそのままにはしておけなかった。
だが浴室に駆け込もうとして自分の体が他にも異常を来していることを察する。ベッドから下ろした足を床について体重を掛けるなり、ぐらりとふらついてしまったのだ。咄嗟にシーツを掴んだおかげで転ぶことだけは防げたが、まともに歩くことは難しそうだ。
「どうしよう」
小さい頃から散々この症状に悩まされているおかげで、今自分がそれなりの高熱であることも分かってしまう。些細なことで熱を出す虚弱な体。泣き疲れて体力を使い切った上に、半裸状態で夜風に当たっていれば、当然の結果かもしれない。ここ数日満足に眠れない日々が続いたことも作用してしまった気がする。
悩んでいるうちにチャイムの音が部屋に響く。返事をしなければ、また寝坊していると思われるに違いない。少なくとも忍は葵の部屋に入れてしまうだろうし、中の様子を窺われるのも時間の問題だ。
せめて何か身に付けなくては。ぼんやりする頭でも理性は働き、近くに転がるパジャマを手繰り寄せることに成功する。床の上でのたうつように這いながらなんとか足を通した下着とズボンを履き終えるのと、玄関の扉が開くのはほとんど同時だった。
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