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act.8月虹ワルツ<293>
* * * * * *
自分はどちらかというと連絡不精なタイプらしい。友人からは返事が遅いとクレームを入れられることもしばしば。けれど、そんな小太郎でも今日は朝から何度携帯を確認したか分からない。葵からの返信が昨夜から止まっているのだ。既読すらつかない。
何か失礼なことを送ってしまっただろうかと不安になるが、最後に小太郎から送ったのは葵宛に土産を買ったという報告。出発の際のやりとりで、きっと甘いものが好きだろうと予測してチョコレート菓子を選んだのだけれど、好みではなかったのかもしれない。
そもそも葵とは親しい関係ですらないのに、出過ぎた真似をしたことがいけなかったのか。
周囲には悟られないように気を遣いながらも、小太郎は珍しくネガティブな感情に囚われ続けていた。その不安を晴らしたのは、帰りのバスで双子から聞こえてきた会話だった。
「葵先輩、やっぱ無理してたのかね」
「だろうな。相良さんがついてるから大丈夫って言ってもな」
行きと同じく、最後列に陣取った二人の元に誰かから連絡が入ったらしい。一つの携帯を眺めながら、葵の名を口にする。その表情は揃って曇っている。
「……なぁ、藤沢さん、なんかあったの?」
盗み聞きしたことを咎められるのは覚悟の上。それよりも葵の身に何かあったのかが気になって仕方ない。案の定、二人からは会話に入ってくるなと詰られたが、熱を出した事実は教えてくれた。学校も休んでいるらしい。
寝込んでいると聞いて、葵への心配も湧き上がるが、返信がなかったことの理由が分かって人知れず安堵してしまう。
「賞味期限いつまでだっけ」
「えーっと、あぁ良かった、一週間は大丈夫っぽい」
葵のために買ったのだろう。爽は聖の問いに答えるために、平日にも関わらず行列の出来ていたバウムクーヘンの店の袋を確認する。そのやりとりを聞いて、小太郎は車内に持ち込んだリュックのファスナーを開いた。
部活の先輩たちや家族に贈る土産はボストンバックに詰め込んだが、出発の時同様、葵が帰りも出迎えに来るつもりだと聞いて、葵への土産だけ別にしておいたのだ。
白い円形の箱にはゴールドの文字で店名が刻まれている。真っ先に確認した裏面には賞味期限まで一ヶ月近くあることが記されていて、まずは安堵する。
中身はアーモンドをチョコレートでコーティングしたお菓子だ。チョコレートの味は全部で七種類もあって散々迷った挙句、全てが入ったカラフルなアソートパックを選んでいた。
その中のどれか一つでも好みの味があればいいが。葵の顔を思い浮かべながら、小太郎は大切に箱を仕舞い直した。
“お大事に”、そんなメッセージを送っておくのは問題ないだろうか。小太郎はそう思い立って携帯を開こうとするが、横から視線が向けられているのに気が付き手を止める。
「あんまりしつこく連絡すると嫌われるよ」
「……へ?」
どこか意地の悪い笑顔を浮かべた聖の言葉に、思わず間抜けな声が溢れてしまう。
「オリエン中、携帯見てばっかじゃん」
「で、身なりも気にし始めたってことは、最近好きな相手が出来たんだろ?」
彼らの目には、小太郎が恋をしている風に見えていたらしい。野球だけでなく、恋愛にも少し興味が湧いているのは事実。だから身だしなみを整えたいと考え始めた。けれど、今誰か特別な相手がいるわけではない。連絡しているのは同じ学校に通う先輩の葵なのだから。
でも連絡先を交換している事実は二人に内緒と葵には言われている。だからどう言い訳したらいいものかを悩むうちに、二人の興味はあっという間に失せてしまった。小太郎を置いてけぼりにして、また葵のことや生徒会の活動のことを話し合い始めていく。
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