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act.8月虹ワルツ<294>
昨夜明け方まで遊んでいたのは小太郎たちだけではなかったらしい。しばらくすると賑やかだった車内はシンと静まり返る。皆、バスの揺れに身を任せて眠りにつき始めたようだ。
それは聖や爽も同じ。いつのまにかイヤホンを耳に嵌めて、それぞれが荷物を胸に抱える姿勢で寝始めていた。それほど眠気を感じていなかったはずの小太郎も雰囲気に流され、自然と瞼を伏せる。
どうやらそのまま深い眠りに落ちてしまったらしい。次に目が覚めた時には既に窓の外に見慣れた景色が広がっていた。
「あっという間に終わっちゃったな」
小太郎同様、つい今し方起きたばかりの様子の二人に声を掛けると、同じタイミングで欠伸をしながら頷きが返ってきた。二人の性格の違いを少しずつ知ることが出来てきたが、こういう場面に出くわすとやはり彼らは双子なのだと実感させられる。
寮の前に広がるロータリーにバスが停められると、クラスメイトたちは続々とバスを降りていく。最後列の小太郎たちは、混雑を避けて最後に席を立つ。
「「……げ」」
何か嫌なものでも見つけたのか、先にステップを降りた二人から揃って声が上がる。その視線の先には、仁王立ちする人物の姿があった。ふわふわとカールのついた茶髪と垂れ目が特徴なその人は、一つ年上の先輩。名前は確か羽田七瀬。
その後ろには、彼と双子の兄弟である綾瀬もいる。瓜二つの聖や爽と違ってでこぼこのシルエットは、それはそれで人目を引く。同級生たちの一部は、解散せずに遠巻きに動向を見守っていた。
「おかえりー!楽しんできたか、少年たちよ」
どうやら双子を可愛がっているのは葵だけではないらしい。大きく手を挙げて笑う七瀬の姿に、嫌な声を出していたはずの二人の顔がくすぐったそうに緩むのが分かる。
「なんすか、少年って」
「俺らより小さい羽田先輩に言われたくないんですけど」
可愛げのない言葉は吐きつつも、表情はやはりどこか嬉しそうに見える。
七瀬の目当ては土産の菓子だったらしい。爽が持っていたバウムクーヘンの袋を強奪しようとするのを聖が阻み、綾瀬が宥める。子供っぽい争いは賑やかで楽しげだ。
「結局何しにきたんだよ、あの人」
「つーか、なんでジャージ?帰宅部じゃなかったっけ?」
バウムクーヘンは死守した二人だが、代わりに同じ紙袋に入れていたラスクを一袋奪われてしまったようだ。満足げに立ち去る七瀬と、その後を追う綾瀬の後ろ姿を見やる二人は疲労困憊の様子。
このあと生徒会室に顔を出すという二人と別れ、小太郎も野球部の先輩たちに会うために寮には戻らずそのままグラウンドを目指すことにした。その途中で、思いがけず二人が抱いた疑問の答えを見つける。
ジャージ姿の七瀬がリレーの練習チームに混ざっているのを発見したのだ。体育祭の実行委員としてリレーの選手は把握しているつもりだが、七瀬の名前はなかったように思う。それに七瀬は練習をしているというよりも、一人の生徒を熱心に構い続けているようだ。
「あの、すみません」
グランドの隅でそれを見つめている綾瀬に思い切って声を掛けてみると、表情がコロコロ変わる七瀬とは正反対の冷めた視線が返ってくる。
「羽田さんって一体何を?……あ、俺、聖と爽のクラスメイトの」
「あぁ、竹内か」
綾瀬の視線に訝しむ色を見つけて名乗りかけると、途中で彼から苗字を呼ばれた。どうやら認知はされていたらしい。それでも表情はあまり変化が見られない。思い返すと、校舎で見かける彼はいつもこんな顔をしている気がする。特別不機嫌でも何でもないのかもしれない。
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