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act.8月虹ワルツ<295>

「烏山の応援」 「応援、ですか」 確かに七瀬は都古が走るたびに大きな声を上げているし、足が止まればドリンクとタオルを持って駆けつけている。随分甲斐甲斐しく世話を焼いているようだ。確かに応援と言われれば応援に見える。でもそれにしてはいささか騒がしすぎる気がした。 それに応援を受けている側の都古は終始鬱陶しそうな表情を浮かべているし、時々言い争っているのも窺える。 「あれ、ケンカしてません?止めたほうがいいんじゃ」 「いつもあぁだから」 気にしなくていいと、そういうことなのだろう。離れた場所で二人を見守る綾瀬の横顔は一見無表情に見えるが、どこか優しい色が滲んでいるように感じた。 「烏山に用事か?それとも七に?」 しばらく綾瀬と並んでその光景を眺めていると、不意に声が掛かる。いつまでも離れない小太郎に対して違和感を覚えるのは当然だろう。 「あ、いえ、失礼します」 野球部に顔を出すつもりだったことを思い出し、小太郎は慌てて綾瀬に頭を下げると一度はその場を立ち去ろうと試みた。けれど、どうしても胸に引っかかったことを聞かずにはいられなくて足を止める。 「藤沢さん、大丈夫ですか?今日学校休んだって聖たちから聞いて」 「さぁ、俺も会っていないから」 「……そう、ですか」 彼らはこの学園では珍しく、寮生活を送っていないと聞いたことがあった。顔を合わせていないのも当たり前だ。葵がどの程度体調を崩しているのかを知ることが出来ればと思ったのだが、こればかりは仕方がない。 それならば、と小太郎は質問を変えてもう一度綾瀬に話しかける。取っ付きづらい印象を与える綾瀬だが、案外普通に相手をしてくれている。本人には聞きづらいことを確認するチャンスだろう。 「藤沢さんって、チョコレート好きですか?お土産買ってきたんですけど、食べ物の好みが分からないからちょっと心配で」 これは質問というより、相談だったかもしれない。グラウンドから目を離さなかった綾瀬が再びこちらを向いてきた。その顔はやはり感情が読みにくい。 「藤沢に直接聞けばいい」 「……ですよね。すみません、お邪魔しました」 綾瀬から返ってきたのは、もっともな意見だった。彼には小太郎の悩みを聞いてやる理由がない。こうして言葉を交わしたのだって初めてなのだから。でも今度こそ離れようとする小太郎を、綾瀬が呼び止めてきた。 「藤沢はそういう会話も喜ぶから」 「それって、どういう意味ですか?」 婉曲な言い回しが小太郎には難しく感じて即座に聞き返してみたのだが、綾瀬は口角を少し上げるだけで、またグラウンドを向いてしまった。確認せずとも、これ以上付き合う気がないのだという意思表示は理解できた。 綾瀬は何を伝えたかったのだろう。 土産を囲んで騒ぎ出す野球部の仲間たちの姿を眺めながら、小太郎は綾瀬とのやりとりを振り返る。とにかく本人と話してみろというのは分かるが、それは小太郎にとってはなかなかにハードルが高い行為。学年が違うと、校内ですれ違う機会にすら恵まれないのだ。 それに、と小太郎は双子の顔を思い浮かべる。勢いでつい葵への贈り物を準備してしまったが、こんなものを渡してしまえば彼らに更なる誤解を与えてしまう気がした。今だって、内緒で連絡を取り合っていることに罪悪感を覚えてしまうのだ。 今までこんな悩みを抱えたことなどなかった小太郎は、不思議でならない。葵はただの先輩で、双子はクラスメイトで。それなのになぜこれほどイケないことに思えてしまうのか。 この胸のもやもやを表現する言葉を、小太郎はまだ知らなかった。

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