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act.8月虹ワルツ<297>

「……でも、その、親戚には見えないと思うんですけど」 自分の髪に指を絡める仕草で、何を伝えたいかを察する。顔立ちや体格もそうだが、髪や瞳の色は似ても似つかない。確かにそのままの姿で並んでいても、とても血の繋がった親類には見えないだろう。 「それなら良い方法を考えているから、心配しなくていい」 宥めるように頬に触れて告げると、葵はもう一度頷きを返してきた。不安は拭えていないが、素直な仕草は忍への信頼度合いを示しているように思えた。 「日曜はどこに迎えに行けばいい?また相良さんのところに泊まるのか?」 「多分。でも熱が下がらなかったらダメって言われました」 「確かにまずは体調を戻すのが最優先だな。当然、熱が引かなければ演奏会も留守番させるからな」 頬から伝わる体温はまだ高いように感じる。咳やくしゃみといった分かりやすい風邪の症状は出ていないようだから、おそらく精神的な要因だと遥は言っていたが、それなら尚更心配になる。根本的な要因を解決する薬は存在しないからだ。 「もう元気になりました。明日だって学校に行けると思います」 「ダメだと言われたばかりだろう?ここで無茶をすれば、週末何も出来なくなるぞ?」 「でも本当に元気なのに」 回復の度合いを示したいのか、葵は枕に預けていた頭を上げてヘッドボードに凭れる体勢に変える。布団から現れた上半身は、朝見た時とは柄の違うパジャマを纏っていた。よく見ると、シーツも色が違う。どこかのタイミングで遥が変えてやったのだろう。 実家では使用人たちが何から何まで動いてくれて、今も恵まれた寮生活を送っている。それは忍だけでなく、葵の看病をする気で共にこの部屋にやってきた奈央もそうだ。自分たちではきっとここまで葵の面倒を見てやれなかったことを考えると、彼を呼んだのは正解だったと思わされた。 遥がもし帰国していなければ、その役目は京介に依頼していただろう。朝顔を覗かせた都古だって、家事が出来るようには思えないが、献身的に尽くす姿は容易に浮かぶ。 「髪の乾かし方も上達しないとならないし、課題は多いな」 試験勉強のサポートならいくらでもしてやれるが、この領域には不慣れなことが多い。単純に彼らの代わりの存在になるつもりはないけれど、せっかく近くで暮らせるようになったのだからもっと葵のためになることを模索したい。 「会長さんも髪乾かすの苦手なんですか?」 「そうじゃない。お前の髪を乾かす話だ。次からは嫌と言われたってするからな」 引っ越してからずっと酷い寝癖を付けていたことを指摘すれば、葵は困ったように眉根をひそめた。こちらは何の負担にも思っていない、むしろ葵に触れる機会を得られて嬉しいと感じるぐらいなのに、世話になるのは気が引けるのだろう。

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