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act.8月虹ワルツ<299>

しばらくすると出て行った時には手ぶらだったはずの奈央がビニール袋をぶら下げて戻ってきた。 「遥さんを見送って戻ってきたら、エントランスで西名くんにちょうど会って。これ、お見舞いだって」 袋には紙パックのりんごジュースが何本かと、アイスが詰め込まれていた。さすが幼馴染らしく、葵の好みを的確に押さえたラインナップのようだ。中身を見た葵が途端に目を輝かせるのが分かる。 「今何か食べる?それとも一旦冷蔵庫に仕舞っておく?」 「このアイスが食べたいです」 「分かった。じゃあ残りは冷やしておくね」 カップに入ったバニラアイスは安っぽく見えたけれど、質の良い高価なものよりもこういった贈り物のほうが気兼ねなく受け取ってもらえるのかとまた一つ学びになった。 「おいしい」 スプーンで一口掬って頬張るなり、葵は幸せそうに目尻を下げた。もっと美味しいものを教えてやりたいと思わなくもないが、友人には無意識にとりがちな傲慢な言動をよく嗜められてきた。だから思ったことをすぐには口にしないぐらいには成長していると感じる。 だが、二人きりの時間をもう少し堪能したかったと思わなくもない。 「奈央、今夜は任せてくれて構わない」 キッチンに向かった友人の背を追って暗に帰れと告げてみると、温厚な顔立ちに険しさが滲む。病人に手を出すつもりはないというのに、随分信用がないようだ。 以前の自分の生活を思えば無理はないと思うが、葵を大切に思う気持ちが理解されていないのは面白くない。 「葵と週末出掛けることになったから、そのことでも色々話しておきたい」 「週末?それって、櫻の?」 「あぁ」 葵に確認すべきことはもう済んでいたが、ちょうどいい理由として演奏会を使わせてもらった。心配性の奈央のことだから、葵を連れて行って大丈夫かと言い出しかねないと思っていたが、彼は思うような反応を見せなかった。 「そっか、演奏会に行くのか」 声音からはどこか残念そうな色が窺える。 「何か都合の悪いことでも?」 「あ、ううん。葵くんの予定が合えば声を掛けようと思ってたことがあっただけ。別に今週末じゃなくてもいいことだから」 詳しく打ち明けるつもりはないと言いたげに、奈央は話を切り上げた。葵をどこかに誘うつもりだったことを匂わせられれば気にはなるが、こう見えて頑固な彼は簡単には口を割らないだろう。 それに帰る気もないらしい。さっきまで忍が座っていたスツールを陣取り、葵に今日の生徒会での出来事を話し始めてしまう。双子がオリエンの土産を持って現れたことを聞いて喜ぶ葵の顔を見ると、さすがに奈央を邪魔者として追い払うことは出来なかった。

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