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act.8月虹ワルツ<300>
* * * * * *
葵は結局木曜だけでなく金曜も学校を休むことになった。二日目も日中は遥がやってきて、放課後は忍と奈央が付き添ってくれた。櫻や幸樹も滞在はせずとも時折顔は出してくれたというのに、京介と都古に全く会えなかったことが思っていた以上に葵を寂しがらせた。
だから今日は絶対に登校する。大事をとってもう一日と言い出しそうな遥や忍たちに主張してなんとか許可は貰えたものの、あまり元気には見えないらしい。
「無理はしないでね。気分が悪くなったらすぐに烏山くんや羽田くんに言うんだよ」
二日ぶりに制服を纏った葵に、昨晩も同室で眠ってくれた奈央が声を掛けてきた。その表情は葵が今にも倒れるんじゃないかとでも心配しているように見える。
「もうちゃんと治ったので大丈夫です。それにみゃーちゃんのほうが心配です」
都古とは時折短いメッセージは交わしつつも、二日間会話が出来ていない。登校はしていたようだが、きちんと食事をして、睡眠をとっているかが心配だった。
昨夜から閉じたままだった携帯を確認すると、都古から“おはよう”という挨拶だけ送られてきている。今日は登校すると返事を返せば、すぐに喜ぶ黒猫のスタンプが返ってきた。
他にも七瀬や、双子からもメッセージが届いていた。そのどれもが二日も学校を休んだ葵を心配するものだったから、彼らにも朝の挨拶と今日会えることを楽しみにしていると伝えておく。
「……あれ、誰だろう」
メッセージアプリの通知は全て読んだが、全く使っていないメールのアイコンに未読を知らせる印が灯ったままなことに気が付く。不思議に思いながら開くとそこにはただ一言、“今一人?”とだけ記されていた。受信時間は日付が変わった頃。とっくに眠っていて全く気が付かなかった。
「どうしたの?」
「知らないアドレスから連絡が来てたんです。奈央さん、この人知ってますか?」
不規則な英数字の羅列からは人物像が分からない。画面を見せて相談すると、奈央は自分の携帯に登録されたアドレス帳を開きながら確認をしてくれたがやはり彼も心当たりがないと言った。
「ただの迷惑メールかもしれないね」
「それって詐欺とかそういう?」
どこかから入手したアドレスに無作為にメールを送りつけ、うっかり返信してしまった人がカモとなる。冬耶から携帯を貰った時、そういった類の犯罪があることを教わった。冬耶には無視をするのが一番だと言われたことを伝えれば、奈央が同意するように頷く。だから葵は疑うことなく、そのメールを消去した。
寮のエントランスに下りると、そこにはいつものように少し距離を離した状態で京介と都古が葵のことを待っていてくれる。たった二日ぶりなのにどうしてこれほど恋しくなるのか分からない。
「アイス美味しかった、ありがとう京ちゃん」
「お前、一言目がそれかよ」
一昨日に続き昨日も見舞いの品を奈央に預けてくれたことへの礼を真っ先に口にすると、呆れた顔をされてしまう。でも葵の体温を確かめるように額に伸ばしてきた手は大きくて温かい。
「みゃーちゃん、元気?」
「……アオが、言う?それ」
都古の顔色は休んでいた葵よりもずっと悪く見えてしまう。元々青みがかった色白の肌というのもあるが、疲れているのは間違いない気がする。少し背伸びをして頬に触れると、都古も身を屈めて距離を縮めてくる。頬同士が擦り合わされ、そのくすぐったさに思わず笑みが溢れた。
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