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act.8月虹ワルツ<302>
「ねぇ、本当にみゃーちゃんも行かない?遥さんのおうち」
「……待ってる」
放課後一緒に寮まで戻ってきたはいいが、都古は今回も頑なに同行を拒む。大人数での交流を好まない性格なのは知っているけれど、最近は皆で食事をとることにはあまり嫌な顔をしなくなったというのに。
「遥さんのおうち、嫌?」
即答はしなかったが、微妙な表情を浮かべるあたり、やはり行きたい場所ではないのだろう。もしくは遥や冬耶と過ごすこと自体が嫌なのかもしれない。
寮では都古と離れて生活をせざるをえなくなったが、週末外泊の時は誰の目も気にせず一緒にいられる。そう思って熱心に誘っているのだけれど、ちっとも乗ってくれずに寂しさだけが募っていく。
「まだ一週間しか経ってないのに、ずっと一緒に寝てないみたい」
京介と都古、二人の間で眠っていた時間が恋しい。京介がこの場にいたら引越しを後悔するような発言はしづらいが、今隣に居るのは都古だけ。怒られたり呆れられたりすることがない相手だから、つい気が緩んでしまう。
「アオ、寂しい?」
「……教室で毎日会えるのにね」
都古の問いには、自分の子供っぽさに呆れる言葉を返した。すると、不意に都古が葵の手を取り歩き出す。向かった先は生徒会のフロアに向かうエレベーターではなく、一般生徒が使うものだった。
「どこ行くの?」
尋ねると、都古は答えを示すように階数ボタンを押してみせる。それは先週まで葵が生活していた階だった。
もしかして、と葵が感じた通り、都古に導かれた先は前の部屋。今は忍から許可を得て、一時的に都古の場所になっているところだった。家具はほとんどそのままにしていたが、葵や京介の物がなくなった分、随分すっきりした印象を与える。
ここでたった一人で寝起きしているのだと思うと、葵以上に彼が寂しい思いをしているのではと思い当たる。ただでさえ葵にべったりとくっついて離れたがらなかったのだ。それに強がってはいるけれど、都古は怪我をしている身。日常生活に不便だってあるはず。
「ご褒美」
扉を閉めるなり、都古の腕が背後からするりと回ってくる。そして囁かれるのはお決まりのおねだり。いつもならそれを嗜めるのが飼い主の役割だけれど、今は葵だって都古に甘えたいし、彼を甘やかしたい。
回ってきた腕に自らの手を添えると、受け入れるつもりであることが伝わったのか、すぐに体が宙に浮く。
「え、ちょ、待って、みゃーちゃん?」
連れて行かれた先は寝室。以前は三人並んで眠っていた大きなベッドで、今都古はどんな夜を過ごしているのか。孤独な愛猫の姿が浮かんで胸が切なくなるけれど、だからといって連れ込まれる覚悟は出来ていなかった。せいぜい抱き合って、少しだけキスを交わすぐらい。そんな想定でいたのだ。
「また、消えた」
マットレスに葵を横たえさせた都古は、そう言いながら覆い被さってくる。何を望まれているかはもうすっかり学習させられていた。引っ越す直前に付けた“好きの印”は確かにそろそろ薄れてしまった頃合いだろう。
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