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act.8月虹ワルツ<303>

「アオ、頂戴」 甘えるように頬にキスを落としてくる都古のことを拒めやしない。小さく頷くと、都古は葵の腰に手を回し、器用に体勢を反転させてみせた。今度は葵が都古の腹の上に跨らせられる。 「痛くない?」 「平気。だから、早く」 怪我をしている部位は肋骨だから体重は掛かっていないが、不安にはなる。でも彼は相変わらず涼しい顔をしながら催促してくる。 もう何回もしていることだし、他の行為に及ぶぐらいならと自分で提案したことでもある。でも恥ずかしさはなぜか増すばかりな気がする。今日は元から肌が露わになっている浴衣ではなく、制服姿だから脱がすハードルが高くなっていて余計にそう感じるのかもしれない。 まずはネクタイの結び目に指を引っ掛け、力を込める。元々緩めに結ばれていたそれは、案外簡単に解けてくれるが、問題はその次だ。 「なんでこんなに恥ずかしいんだろう。みゃーちゃんがずっと見てるからかな」 「俺が、脱いでるのに」 都古の指摘通り、服を脱がされているのは彼のほうで、本来葵が恥ずかしがることではないと思う。それにお互い一糸纏わぬ姿で風呂に入るのだって日常だった。それなのに都古の視線を受けながら、一つ一つボタンを外していく行為がとてつもなく葵を困惑させる。 三つボタンを外して現れた白い肌。都古に腕を引かれると自然と上体を屈ませざるをえなくなり、その肌と息が掛かるほど近い距離になる。 「アオ」 促すように髪を撫でられ、覚悟を決めた時だった。スラックスのポケットに入れていた携帯が二度震える。誰かからメッセージを受信した時の合図だ。 「あ……お兄ちゃん、着いたのかも」 遥と共に迎えに来てくれる約束になっていた。教室を出る時に“もうすぐ着く”と連絡があったから、きっと冬耶に違いない。慌てて携帯を確認すると、やはり送り主は冬耶だった。メッセージには校門の前に車を停めて待っていると記されていた。 都古はご褒美を中断されて不服そうな顔になったが、無理に続行させようとはしなかった。自分の手でシャツのボタンを留め直したあと、せめて、と言いたげに葵を今度は正面から抱きすくめてくる。 「俺も、触りたい」 「……“好きの印”だけじゃダメ?」 都古が与えてくるスキンシップのその先の正体が不安で、はぐらかしたいというのが本音。だから代替案として葵から触れることを提案してみたのだけれど。やはりそれでは都古の心を満たすのには足りないらしい。 「アオに、伝えたい。好きって」 葵が都古にするように、都古だってしたいのだと言われると良い切り返し方が見つからない。もう十分に都古からの愛情は受け取っているつもりだけれど、“好き”の違いが理解しきれていない状態では不十分なのかもしれない。 「試験の、ご褒美も」 今回都古が試験を頑張ったことはもちろん認めている。内容の保証はしていないが、ご褒美をあげることは約束していた。でも出来れば“好きの印”で満足してほしいというのは、葵の一方的な我儘なのだろうか。

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